性善説/性悪説から評価の捉え方について
人間は生まれながらに善か、悪か
あなたはどちらだと考えますか?その理由は…
質問しておいて、ですが僕の意見は、
「どちらでもない」
です。
理由は
善悪は環境によって違う
からです。
人殺しも戦争なら英雄です。
足がはやくてもそれが食べ物ならデメリットです。(そういうことではない)
時代や地域、見る人によって善悪は違うならば、産まれてくるタイミングでその子が善か悪かなんて、判断できません。
そこで僕が提唱するのが
【性色説】
です。
人は生まれながらに持っている「色」はあるがそれは善でも悪でもない。
という説です。
「色」というのはその人の素質や性格です。「十人十色」というように、人には人の「色」があり、産まれてくる段階でそれは良いものとも悪いものとも判断されることはありません。
そして、この文書は提唱するだけでは終わりません。このことから考えていただきたいことが2つあります。
1つ目は、自分の「色」についてどれだけ知っているか、です。
あなたの「色」はなんでしょうか。これは様々な場面で色々な「色」があると思います。混ざっている場合もあるかもしれません。自分の「色」はどんなものがあって、それが見えている場面や、外に表現していないものなどについて、考えてみていただきたいです。
2つ目は、周囲からの評価は曖昧だということについてです。
「性色説」を唱える理由にもなりましたが、状況が変われば善悪、優劣や評価も変わります。物事には全て、活きる場面と活きない場面があります。「色」は、本来どの色が良くてどの色が悪いなんて優劣はありません。
1つ目で、自分の「色」について、優劣や善し悪しを感じたかもしれませんが、それは活きない場面が多い(と感じている)だけであって、その「色」自体が良い悪いではありません。
もし評価を気にしすぎている人は、こんな考えもあることを知ると少し楽になるのではないでしょうか。
最近、考え方の違いによる議論が目に留まるので、そこで思った考えを今後も書いて行こうと思います。共感や質問、意見などあればコメントやスキをぜひ!お待ちしています。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?