小説「よりそう~手帳と万年筆のちょっといいはなし~」第77話
翌日朝6時、土曜日なのにこんな早くに外にいる、おれ。来たのはもちろんカフェ「キムン」。
6時半くらいにはオープンするはずなので、オープン前にマスターと話をしようと思ってかなり早く来ました。
鍵を開けて、お店に入ろうとしているマスターに
「おはようございます。」と話しかける。
びっくりしたように振り替えるマスター。
「おはよう。土曜日なのに早いな」いつもの声の調子で答えてくれるマスター。でもいつも聞いているからわかる、ちょっとだけ声が緊張しているのが。
「すこしだけお話ししたくて、早く来ちゃいました。」
だろうな という顔で俺をカフェに入れてくれる。
電気のついていないシーンと落ち着いたカフェ。もう部屋にしみついているコーヒーの香りが、コーヒーを淹れてなくてもしっかりと感じられる。窓から差し込んだ光がカフェのカウンターに一部だけ当たって、そこだけ黄色くなっている。
「へぇ、こんな感じなんだ。最初の一歩」おもわず口を出る言葉に、
「いいだろう、この雰囲気。実は一番好きな時間だ。」マスターが答えてくれた。電気をつけ、カフェのかうなーの中に入ってジャズをかけて、お湯を沸かし始める。
「そんなときにお邪魔してすいません。」
「いや、だいじょうぶさ。俺がいつも飲んでいるコーヒーでいいか」
「え、いいんですか、お願いします」
マスターは無言で、だけどいつも通りコーヒーの準備を始め、いつもの通りコーヒーを淹れてくれた。ブラックのコーヒーがおいしそうな香りを漂わせている。カフェにしみついた優しい香りというよりはフレッシュな元気の出る香り。
「いただきます。」そういって、一口飲みこんだ。おいしい。さっぱりとした少し酸味の強いコーヒー。
口の中で少し香りを楽しんだ後に、ふぅーっと一息はきだし、
「実は昨日、、、」そう切り出した。マスターも真面目な顔でこちらを見返している。
「昨日、隆史さんに会えました。本当に、偶然なのかな、実はこのペンと手帳のおかげなところもあったんですけど、そこはどうでもよくて、彼と話ました。」
「そうか。あいつは俺のことを何て言っていた?」
「やっぱりショックだったみたいです。それで、マスターに謝りに来たんです。マスターが会いたがっているっていうことを伝えられなくて。
話して分かったんですけど、彼にとって新田隆史でなくなることは、アイデンティティを失ってしまうという気持ちがあったみたいです。今でも実はひきづっているみたいでした。自分の気持ちを整理するためにお父さんはいなかったことにしたと言っていました。
彼は今、若林隆史でずっと通しているそうです。元奥さんが結婚された姓にもう一度変えたくなかったそうです。」 説明を始めた俺の声をマスターは黙って少し顔をうつむきながら聞いている。
また、過去の内容を取りまとめ加筆修正したフルバージョンを作りました。ご興味があればちょっと覗いてみてください。(大分本編と開いてしまったけど、不思議な手帳と万年筆の出会いがわかります)
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