小説「よりそう~手帳と万年筆のちょっといいはなし~」第82話
「この後、父さんのカフェに連れて行ってもらえませんか?」
隆史さんからのまさかの依頼。昨日からどうすれば隆史さんにカフェ「キムン」まで足を運んでもらえるかばかり考えていたのに、まさかの展開再び。
ちょっと(どころか、めちゃくちゃ)びっくりして「も、もちろんいいですよ」
「昼ご飯食べてから行きます? それとも、向こうで食べます?
あ、でも飛行機の時間もあるし、すぐ行きますか」
自分があたふたしているのがすごくわかる。
隆史さんにくすっと笑われて、「そうですね、これを買ったらぜひお願いします。」そういって、選んだリフィルを持ってレジカウンターへ。
結城さんが持ってきてくれた黒のロロマクラシック。一緒に選んだが確かに結構雰囲気が違う。隆史さんはその中でも黒の強い、男らしい手帳を選んだ。
支払いを済ませると
「ありがとうございました。またいつでもお越しください」と結城さんに声をかけられた隆史さんは「実はこれから、雲川さんに父さんのカフェに連れて行ってもらいます。ご心配とかお気遣いいただいて本当にありがとうございました。」
本当に新卒2年目とは思えない大人な対応。すげーなぁ。
階段で下の階に向かおうとするとき、レジの方を見る。こっちを見ていた結城さんからピースサインが送られた。結城さんも喜んでくれているんだろう。こっちもピースサインを返し、外へ向かう。
電車に乗りいつもの仕事の最寄り駅へ。行くまでの道すがら自分の会社が近くにあって、たまたま手帳を買った翌日に立ち寄ったカフェが、隆史さんのお父さんがマスターのカフェ「キムン」だったことを話した。
キムンはアイヌ語で山という意味なんだと話たところ、隆史さんが小さいころ蝦夷富士と呼ばれる羊蹄山に何度か上ったことがあるという話を聞かせてくれた。マスターもその思い出があるから、北海道のアイヌの言葉で山を意味する「キムン」って名前にしたのかもしれない。
結城さんのお店を出てから30分ちょっと。おれと隆史さんは、カフェ「キムン」の前にいた。
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「大丈夫ですか?」一応、声をかける。
「えー、大丈夫です。でも、結構、緊張しています。」
「たぶん、あなたの顔を見るとマスターもそうなりますよ」できるだけ緊張をほぐそうと、作り笑いで声をかける。あれ、俺も緊張している。
「深呼吸しましょう」二人で大きく息を吸い込み、吐き出す。
「さ、いきますよ」「はい、おねがいします」
いつもの感じで、カフェのドアを開ける
「いらっしゃ・・・」いつもの感じの声のマスターだったが、途中でその声が止まる。
「た、隆史?」驚いた顔で、どうしていいのかわからなそうなマスターがいる。
「えー、お連れしました。でも、実は、俺が策を弄したわけもなく、隆史さんがマスターに会いたいって。」
「そ、そうなのか。」 明らかに俺たちより動揺しているマスター。
そして、まだ一言も話さない隆史さん。
ど、どうしよう。
「と、とりあえず、いつものコーヒーとトーストのセットを二つお願いします。」
重苦しい間を何とかしようととりあえず、注文した。
「あ、そ、そうだな。座っててくれ。」
「あ、でも、お金。」
「いや、とりあえず大丈夫だ。」
土曜日なので余りお客さんは2,3組しかいないカフェではあったが、そのお客さんもなんかあった感を感じ始めている。
そりゃそうだよね。いつも余裕あるはずのマスターがこんなに動揺しているんだから、
「じゃ、お言葉に甘えて、隆史さん行きましょう」
こくりと頷く隆史さんだが、まだ何も話さない。
とりあえずいつものお気に入りの席に隆史さんを誘導し、自分はその反対側の席に座る。
「だ、大丈夫ですか?」小声で声をかける。
「は、はい。すいません。なんか、何も言えなくて。。」
「わかります。大丈夫です。ゆっくり行きましょう。まずは、マスターのおいしいコーヒーを飲んでから」
そういって、マスターの方を見ると、、、固まっている。むしろ、呆けている? 二人とも思考停止?
これはまずいぞ。立ち上がって
「じゃ、一番弟子の私がコーヒー淹れましょうか?」、マスターに声をかける。
「あ、あぁ」マスターが完全に固まっている。絶対お客さんがいるときは入れてくれないはずだったのに。
さすがにお客さんたちも悟ってきたようだ。急いでコーヒーを飲み干し、カップなどを下げてきてくれる。
「ごちそうさま」といい、足早にカフェを出て行った。
「ありがとうございました。」声をかけているのも、なぜか俺。
お客さんがいなくなったので、マスターに、
「ここ自分やるんで、隆史さんの方に行ってください。マスターが合いたかった隆史さんですから、今日夕方の飛行機で帰っちゃうみたいですよ」とマスターに小声で話しかける。
「そうなのか。サンキューな。本当に急すぎて驚いたよ。」
そういって、エプロンを外し、隆史さんの方へ向かう。
さて、おれは、今日朝1回だけ教わったコーヒーの入れ方を思い出しながら、段取り悪いがなんとかコーヒーを淹れる。とはいえ、今日の朝に比べれば、だいぶ良いのではないだろうか。
コーヒーカップにカフェを注ぎ、二人にもっていく。
沈黙中の二人。何も話していないみたいだ。
「はい、特製のコーヒーです。ゆっくりどうぞ。」
「ありがとな。いただく。」
そういってマスターは一口コーヒーを飲んだ。
「うん、おいしい」そうはいってくれたが、きっと味なんてわかってないだろう。でも、それをきっかけに、隆史さんの方向き、
「手帳を買いに行ったんだって?」やっとマスターが隆史さんに話しかけた。
「うん。いろいろ見たけど、お世話になった雲川さんと同じタイプにした。」
「そうか、名入れは終わったのか。」
「あ、いや、ここでしたかったから、まだ。」
「そうか、じゃ、龍馬やり方教えてくれ。」今日も名前で呼んでくれている。
「あ、はい。でも自分も言うほど知らないんですが、とりあえず手帳出してみましょうか。」そう声をかけて、隆史さんに手帳を机の上に出すことを促す。あずき色の箱から手帳を取り出す。
マスターもずっとのその所作を見ているが、黒の手帳をみて、
「いい手帳を選んだな。」
「うん。結城さんって雲川さんの彼女にアドバイスしてもらって・・」
「彼女じゃないです。」瞬間で突っ込む。。 心の中で「まだ・・」と付け加えるが。。
「やっぱりそうなんですか」隆史さんにも突っ込まれた。「お似合いのカップルだとおもうんですけど。」少し和んできたのかな。
「さ、名入れしましょう。この手帳は表紙になる紙みたいなのが入っていると思うので、そこに元気よく、少なくとも隆史さんの中で自分を表す名前をかきこんじゃってください。」できる元気に声をかける。
「はい。」 なごんでいた空気にまた緊張感が漂う。
ペリカンのボールペンを胸ポケットから取り出す。そして、ささっと
「新田 隆史」と書き込んだ。
何も言わずに、見つめているマスター。でも新田という字をみて、少し涙目になっている。
「すまなかったな」か細い、少ししわがれた声で、マスターが謝罪の言葉を口にする。
「このペン、父さんからのプレゼントでしょ。すぐ分かったよ。母さんの趣味じゃないし」隆史さんも涙目だ。
二人とも泣いているのか、笑っているのかわからないけど、もう大丈夫そうだ。
「ごゆっくり」そういって、俺もカフェを出る。
今日朝『Open』に変えた入り口のドアのプレートを『Close』に戻す。
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おわったー。大成功じゃん。 すごい、おれ。
そう思いながら、カフェのドアのところに座り込む。なんかどっと疲れた。結果的に俺は何もしていなきもするが。。。
そうだ、まだ終わっていなかった。やることが二つ。
まずは手帳に報告をしようと手帳を開けると、
「Congratuation!!! I'm proud of you!!!」 いつもの色で、そう書いてあった。
自分も万年筆で、「I」という字を消して、「We can do it 」って書いた。
意味あってるかな。 とりあえず、Weってところが大事だから大丈夫。
そしてもう一つ、結果を気にしているあの人に、Lineでピースサインのスタンプを送る。
~おしまい~
また、過去の内容を取りまとめ加筆修正したフルバージョンを作りました。ご興味があればちょっと覗いてみてください。(大分本編と開いてしまったけど、不思議な手帳と万年筆の出会いがわかります)
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