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メメント・モリを語る指輪 『Men’S Rings』(21_21 DESIGN SIGHT)

東京ミッドタウンの 21_21 DESIGN SIGHTで開催されている『Men’S Rings』。
フランスのイヴ・ガストゥがコレクションした男の指輪たち。

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最初に指輪を見て咄嗟に思ったのは「サイズがとても大きい。どんな手をしていたんだろう」と。
でも、男物だから輪が大きいのは当たり前。

「指輪」と聞いて想定している自分の中でのサイズ感が、すでにもう”女物”で固定されていることを改めて思い知らされました。

現代では宝飾品は女のためのものという印象が一般的ですが、もともと世界の歴史において、古代より強くゴージャスに身を飾ってきたのは男。

権力者の証、ゴシックの古城、祝福と接吻の司祭の指輪、棺・蜘蛛・蝙蝠・髑髏。。。古代から脈々と現代まで途切れなく男たちの指輪が並びます。


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見ているうちにだんだんと永遠に流れる地下水脈に沈殿していくような感覚がしました。指輪の主の男が眼前に現れ、いつか本で読んだことがあるような物語や歴史上の場面、その場面が進行しているまさにその空間に居るような錯覚。

不思議です。

指輪の持ち主であった過去の男たちを蘇らせる力。その力の源はきっと、指輪は手と共にあって、彼自身や彼を取り巻くさまざまな人や事と繋がり、世界を体験する存在だからでしょう。


そして、男の指輪は、女の指輪と全く違う。

男の指輪は女のものよりも古く長く、そして死の匂いがする。近くにあるその気配。

髑髏や棺の指輪はもちろんだけど、司祭の豪華な宝石が載った指輪にも、それがある。

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聖職者の指輪


もしかしたらこれは、メメント・モリ memento mori 。

「メメント・モリ」とは「死を覚えていなさい」ということ。

memento
ラテン語で「覚えている」 meminī(メミニー)という動詞の命令形。

mori :
ラテン語で「死ぬ」という形式受動態動詞の不定法・現在形。


でも「覚えている」という動詞は簡単ではない。一言で表されているけれどコンパイルすると3つの能動から成り立っています。
 1.知覚(入力)・・(知る)
 2.保持(記録)・・(覚える・忘れない)
 3.想起(出力)・・(思い出す)

だからメメント・モリ memento mori は、
「死を知りなさい」
「死を忘れずにいなさい」
「死を思い出しなさい」
の全てを含んでいて、この言葉のおかれた状況によってニュアンスが微妙に変化するのでしょう。なので、この日本語の和訳が多様に揺らいでいます。

そして「死」は「生」があってこそのこと。メメント・モリの言葉に触れるたび、「今を生きる自分」を強烈に実感します。

「 メメント・モリ」であった指輪。男たちは自らの肌身につけることで、それを目にしたり触れたりする時に「死」すなわち「生」を想起するトリガーの存在を求めたのでしょうか。

死を身近におくことで、身を守る。それは「今を生きろ」というメッセージにもなる。
そんな風に思いました。

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棺の指輪


だとすると日本において身体を飾る宝飾がほとんど発達してこなかった理由は明確です。

日本の男が指輪をしなかった理由は、刀(日本刀)を携えていたから。

決して日本人が清潔好きで、手をよく洗うために指輪がじゃまだった。という理由ではないと思う。

分身でもある己の太刀に装飾をほどこし華美を競った武士たち。戦の時はもちろん、平時にあっても武士は帯刀し、死と生は身近にありました。


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ヴェネチア共和国の元首(ドージェ)の指輪

このヴェネチア共和国の元首の紋章がほどこされた大きな指輪には蜜蝋を入れる空洞があり、封印の際に蜜蝋を溶かして陰刻ができるようになっています。

こうした形式の指輪には、その空洞に毒の入った小瓶を隠すこともできますので、しばしそうした用途にも使われたようです。


そして、ラピスラズリと金の組み合わせがひときわ印象的なこの指輪には、石の中に”Deo Juvante”(神のご加護とともに)という銘が刻まれ、輪の片側の天使は十字架を、もう片方の天使は剣を持っています。

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この指輪は19世紀半ばのフランスのものですが、西洋の男たちにとって、十字架と剣は常にセットであった長い歴史のことを思い出さずにはいられませんでした。



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『海の都の物語 上・下』塩野七生 (中公文庫)

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『神の代理人』塩野七生(中公文庫)


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『緋色のヴェネチア 聖マルコ殺人事件』塩野七生(朝日文庫)
カバー・画=ティツィアーノ「灰色の眼をした男」

塩野七生のイタリア・ルネサンス歴史絵巻の主人公、マルコ・ダンドロはヴェネチア共和国の定員120名の元老院議員の一人。16世紀のヴェネチアで活躍したティツィアーノ・ヴェチェッリオが描いたこの男の指に、指輪があったのかどうかはこの絵からはわからないけれど、どんな指輪をしていたのだろうかと想像すると、いろいろ駆け巡ります。


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