『下界の神様奮闘記』第14話「出掛ける神様⑤」

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「良かったじゃん、晴人! そのTシャツ前から欲しかったんでしょ? しかも1等だよ? 普通に買えば20,000円もするのに、それが3,000円で手に入ったんだよ? ラッキーじゃん!」

そう言う美鈴ちゃんだが、おそらく事態は察知しているだろう。晴人くんはあくまで美鈴ちゃんのために限定キャップを狙ってくじに挑戦した。
 しかし、それは叶わなかった。それだけじゃない。叶わなかっただけならまだしも、あろうことか自分が欲しかったやつを当ててしまった。普通なら喜ぶべきことだが、恋人の手前、こんなに恥ずかしい事はない。

なぜ? なぜ透視がハズレた? ここが下界だから? アウェーだから? ホームで戦うよりもアウェーで戦った方が負ける可能性が高いように、神の力にも地の利があるのか? それとも、単なる衰えなのか? そういえば、その時はあまり気にしてなかったが、透視の際少し視界がぼやけていたような……。

ふと、台の上に残っているくじを見た。あれ? 「7」のくじが残ってる? 晴人くんは別の番号を引いたのか?

……いや、一見「7」に見える、この残ってるくじの番号は「1」だ。数字がマジックの手書きで雑だから「1」が「7」に見えたんだ。晴人くんは間違いなく「7」を引いている。そもそも申告の際に「7」って言ってるしね。

……あ。なるほど……。数字の「1」が「7」に見えたのか……。

限定キャップが当たる5つの番号のうち、「7」に見えたのは実際には「1」だった。だから、限定キャップが当たる数字は「7」「18」「24」「29」「42」ではなく、「1」「18」「24」「29」「42」であり、一方の限定Tシャツの当たり番号が「7」だったのである。俺は限定キャップの当たり番号の一つである「1」を間違いなく透視しているのに、その雑な手書きの「1」を「7」と見間違えてしまった。つまり「7」を「1」だとみなして透視を行っていたのだ。
 それでもくじが番号順に並んでさえいれば、順番的にすぐ本物の「7」も透視してそれが限定Tシャツの当たり番号だと気付くことができるため、数字の見間違いにも気付くことができたはず。
 しかし、今や多くの人が引いたくじは番号関係なく台の上に無造作に並び、しかも不幸なことに「7」は全ての番号の一番最後に位置していた。結果として「7」を透視する前に、3等の限定キャップ5つの当たり番号を見つけてしまったが故に、「7」に辿り着く前に透視を止めてしまったのである。

くじに記載してある数字は全て店員がマジックで手書きしたものなので、たしかによく見ると「1」の左にはねている部分が少し長く、見えようによっては「7」に見えなくもない。
 それに、透視をした後に晴人くんに話しかけようと思っていたから、透視は少し離れたところから行っていた。だから近くで見なければ判別が微妙な「1」と「7」がぼやけてしまい、結果として「1」と「7」を見間違えてしまった。
 つまり、透視をハズしてしまった一番の原因は「老眼」だった。

「ご、ごめんね晴人くん……。3等じゃなくて、1等を当ててしまって……」

普通に考えればこの謝罪はおかしい。普通は3等よりも1等の方が価値が高いのだから。
 しかし、今の晴人くんにとって3等の限定キャップは、1等の限定Tシャツよりも遥かに価値が高いものである。それに、これは希少性や金銭的価値などの問題ではなかった。美鈴ちゃんに喜んでもらいたい。良い所を見せたい。その一心で、本気で3等を狙いに行った。それを、俺が台無しにしてしまったのだ。

「晴人、キャップのことは気にしないで! ほら! このTシャツ絶対晴人に似合うよ! 良かったじゃん!」

「もういいよ。帰ろう」

その短い語句には明らかに怒りが混じっていた。その表情からは、俺に対する怒りや失望が入り混じった感情を読み取ることができた。

「神山さん、もう家から出て行ってくれ。もう顔を見るのも嫌だ」

初めて晴人くんから名字で呼んでもらえた気がする。
 しかし、それが友好的なものではなく、十分に皮肉が込められていることは明らかだった。それに、静かな口調で言われると余計に重く感じた。いっそのこと大声で怒鳴られたほうがマシである。

天界でもそうだが、信頼というものは、何事においても非常に重要である。情に流されるタイプではない俺でさえ、一応天界においては信頼を構築することには気を遣っていた。それは教育を担当した新神の神楽に対してもだった。

信頼を構築するのは難しいし時間がかかるものだが、崩れるのは一瞬。しかも、構築にかかった労力など関係なく簡単に崩れるものだから恐ろしい。

俺はこの瞬間、一人の人間からの信頼を失った。いくら晴人くんに好かれてなかったとはいえ、一度信頼させておいてそれを裏切ってしまったのだ。しかも大切な人の前で。この罪は大きい。たとえ晴人くん以外の鳥居家が許してくれても、もうここでお世話になることは出来ないだろう。それに、これは元神様としての矜持も許さない。

「神山さん、気にすることはないですよ。時間が経てば晴人も許してくれると思います。なにより、晴人が欲しかった1等のTシャツが当たったんです! 普通なら喜ぶべきことですよ!」

凪沙ちゃんはそう言ってくれるが、俺には晴人くんの気持ちは痛いほど分かる。男同士にしか分からない、大切な人を前にして良い所を見せられなかった気持ちが。

「凪沙ちゃん、ありがとう。でも俺は晴人くんに申し訳ないことしたよ。もう顔も見たくないだろうし、近々出ていこうかと思う」

「そんな……」

鳥居家には散々お世話になった。この恩はいつか返さなくてはならないだろう。いつか天界に戻る前に、なにかお返し出来たらいいな。あ、でもその前に「あの約束」を果たさなきゃ……。




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