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「誰か」を「あの人」にかえていく

「誰かの死と、あの人の死。全然違います。」

20年以上前に聞いた、中学校の国語の先生の言葉だ。先生の声が、未だに耳に新しい。

一つの出来事が、「誰かの」出来事から「あの人の」出来事になるには、一体何が必要なのだろう。

2015年、「障害のある誰か」が、突如として「障害のある我が子」になった。

第一子も、第二子も、びっくりするほど安産だった私は、出産なんてなんてことないと思っていた。

とんだ勘違いだった。母子共に無事に出産できることは、ほとんど奇跡なのだということを、真っ青な顔で生まれた第三子を目の前に、初めて悟った。彼女は生まれつき盲目で、7歳になった今でも首は座らず、肢体不自由で、言葉もしゃべらない。障害者手帳に印字された「障害等級第1級」とその横に書かれた「次回再認定不要」の文字が、彼女の未来を残酷に物語る。

生活の全てにおいて介助が必要だが、彼女の存在感と生きる意欲は、私の価値観をあらゆる側面から揺るがすほどのパワーを持っていた。それまでは、障害のある人は大変そうだと思ったことはあれど、自分から変化を起こそうと考えたことはなかった。けれど、否応なく解像度が上がった今は、障害のある娘が彼女らしく豊かに生きていける社会をなんとしても実現せねばと考えている。

2018年、夫の転職で家族でインドに移住した。インドでは、交差点で車が停車するたびに路上生活者が窓を叩いた。郊外にそびえ立つ危険なゴミ山も、デリーの大気汚染もすざまじかった。しかし、まごうことなく、インドも地球だ。日本と同じように、子どもから大人まで多くの人々が暮らしを営む。日本に帰国した今も、インドの人々は私にとって確実に「どこかの誰か」ではなくなった。

新たな出会いを経験するたび、私の中の「誰か」は一つずつ「あの人」にかわっていく。

「SDGs」をどう考えたらいいかわからないという声も聞こえてくるが、結局のところ「誰か」を一つ一つ「あの人」に変換することに尽きるのではないだろうか。「地球上の誰一人取り残すことなく、持続可能で豊かな社会を実現する」ために必要なのは、視点の拡張。

世界には、動植物も含め、私の知らない「誰か」がまだまだ沢山いる。多くの人や自然と出会い、世界をリアルに知ることで、「誰か」を「あの人」にかえていく。

今の私たちが未来のためにできることは、20年前、教室で先生が教えてくれていた、のかもしれない。


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