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そしていなくなったソニ

最初のポストでも少し触れたが、引っ越してきてすぐから2週間ほど住み込みのお手伝いさんとしてトライアルで働いてもらったソニという20歳の女の子がいた。彼女は片言の英語をしゃべり、おどおどしていてちょっと華奢な感じだったけれど、一生懸命で素直そうな女の子だった。

お父さんを早くに亡くし、13歳、15歳、17歳の弟がいて、彼らの学費と生活費を彼女が担っている、という話だった。(本人談)お母さんはなぜ働いていないの、と聞くと、家が新しくなって、新しい家だから床がつるつるすべって、洗濯物を運んでいるときに滑って転んで大怪我をして、手術をして今は働けない、と言っていた。うーむ。いろいろツッコミどころ満載だが、じゃあ転ぶ前は働いていたの?と聞いても、働いていなかった、と言う。謎は深まる。

とにかくそんなソニがやってきて、夫が仕事に行っている間のベビ二人のお世話を手伝ってもらったり、お掃除をお願いしたり、あるときは夫の出張中に子どもたちと寝てもらったりしていた。


最初から時間に大幅に遅れ(2時間遅れ)、時間にルーズな子だという印象があった。他にも、彼女は子育て経験がないので四番目のレンチビが懐かないのは仕方ないとして、なかなか言われたことが一度でできない子だった。やることを紙に書き出したり、一つ一つ説明して、何度も言ってようやくできるようになるのだが、次に何をすべきかを自分で考えられずにすべて指示出しをしなければならず、次第に私も夫もストレスがたまっていった。なんと言っても一番お願いしたいお掃除がほとんど上手にできず、洗濯物のたたみ方もバラバラ、疲れたとか具合が悪いとかおばさんが事故にあったとかそういうイレギュラーなお休みも多かった。

それでも我が家としては早朝や夜の子供の対応が私一人ではできないことが多く、住み込みのヘルプは必要なので、他にいい人がみつかるまではいてもらおうかと考えていた。

夫は彼女のことはなんとなく信用できないとずっと言っていた。彼女が来てから物がいくつかなくなっていたのだ。私のポーチ、私のヘアカーラー、そしてお金も少しなくなっていたし、来客用に準備していたiphoneもなくなったし、渡印当初手伝いに来てくれていた女子大生のお土産も数が減った。ただ、引っ越したばかりでしばらく荷物を広げっぱなしにしていたし、ネットの工事や家具の搬入などでたくさんの人が出入りしていたので、そのせいかなという気もしていた。

あまりに夫が疑うので、ついに私も直接彼女にものをとっていないか聞いてた。彼女はとてもつぶらな瞳で、とても小さな声で申し訳なさそうに「No, I don't know...」と言った。その姿を見るとそれ以上責め立てる気持ちにはなれなかった。

仕事は確かにできないけれど、弟たちの学費と生活費を担っていて、その重荷に押しつぶされそうになりながらも、なんとかしなくちゃと頑張っているのだろう。ここは我が家でトレーニングをしてあげるつもりで、仕事の仕方を教えてあげよう。私はそんなふうに気持ちを新たにした。

ところがその日の夜、今度はソニが自分の部屋のボディソープとボディクリームがないという。ホワイ?一緒に一通り探したがやはりなかったので私のニベアとボディソープを貸してあげた。

なんだ、私達のものだけじゃなくて彼女のものまでなくなって行くの、なんでだろうね。夫に言うと、「うーん、それは、物をとっていないか聞かれて、やばいと思ってカマをかけてるんじゃないか?」という。

正直私は耳を疑った。そんな馬鹿な。よくもまあ、そんな考え方ができたもんだ…家計を担って頑張っているハタチそこそこの女子をそこまで疑うのか。私の夫は、以前インドでたくさんメイドさんにものを売られてしまったという知り合いの話をずっと気にしていたので、その人の話ばかり信じで、目の前の彼女のことを信じてやらないのは、彼女とちゃんと話をしていないからなんじゃないか、と思った。確かに仕事はできないし凛太郎に毛が生えたくらいの役にしかたたないけど(爆)、あの素直でおどおどした目をみたら、そんなふうには疑えないはずだ。そして、夫がそんなに信頼できないなら、この先この家にいてもらうのは難しいだろうな、とも思った。

結局翌朝、ソニは具合が悪くなったと言って起きてこなかったので、あまりしょっちゅう具合が悪くなるのは子どもたちにもよくないし、なんといっても夫がまったく信用していないのはきっとやっていけないと思い、解雇しようと決めてそれを伝え、帰ってもらうことにした。

翌日の土曜日。

彼女が帰った部屋の整理をしようと棚をみると、なんだかすっきりしている。日本から持ってきた雑貨のストックがごっそりなくなっているのである。引っ越し直前のクソ忙しい中、日本のものがあったほうがいいよという現地マダムの情報のもとに買い集めた日本のサニタリー用品やスポンジや、その他諸々・・・んんん?よく見ると貸してあげていたシャンプーもコンディショナーも、昨夜貸してあげたボディソープもクリームもない。そのかわり部屋に持ち込んで食べ散らかしたカレーのお皿や果物のボールが異臭を放ってあちらこちらに隠してあった。

ショックだった。

彼女の人生や彼女自身を想って、仕事はできないけど素直で頑張ってくれていると信じていた。

彼女は盗人だった。

多分この1ヶ月でなくなった数々のものも、全て彼女がお休みの日に持ち帰って売り払ったのだろう。iphoneはさぞかし高く売れたことだろう。

インドをなめていた。平和な日本にかぶれた私の責任だ。オーマイゴッド。夫、ごめん。もっと厳格に管理すべきだったし、きちんと荷物チェックをすべきだった。

whatsuppで物がなくなっていることをソニに問いただし、ソニを紹介してくれた人にも報告をした。すると数時間後にソニが家に突然現れた。私としては正直もう顔も見たくなかったし家に来てほしくなかった。

彼女は泣きながら我が家から盗っていったもののほんの一部(上の写真。どうでもいいようなものばかり)を差し出し、

「Please, this time! This time please!!」(今回だけは許してください)

と叫んだ。トップの写真はソニが盗んだものを持って家に訪ねてきた時の写真である。よくもまあ帰ってこれたものだ。よくよく考えれば「私の荷物はすごく少ないからここにタオルをストックすればいいよ」と言ったり、初日から「マダム、歯磨き粉も歯ブラシもボディソープもボディクリームも忘れちゃったからから貸してください」と言ったり、おかしなことはたくさんあった。

私のピュアな心を踏みにじられた。そうやってきっと何度も同じようなことを繰り返してきたのだろう…平和な日本にかぶれた私にとってもよい薬だった。夫のことをひねくれた考えの嫌な奴だと一瞬思ったこと、訂正はしないけれどお詫びします。ひねくれた考えがインドでは必要だったのだ。アーメン。

夫が彼女を追い返し、ガードマンさんには彼女を二度と家に入れないようにとお願いした。

8歳の息子と7歳の長女は、「なんでソニさんはものを盗っていったんだろうね」「どうして嘘をついたんだろう」「いい人だと思っていたのにね」と、子供ながらに複雑な思いを持った様子だった。1週間前には夫が不在の長女の誕生日を彼女と一緒にお祝いしたばかりだった。

「ねえママ、どうしてうちのものをとっていったの?」

「お金が必要だったからでしょうね。弟たちの学校のお金や生活するためのお金が足りなくて、なんとかお金を作ろうとしていたんだと思う。だけど、きちんと働いてお金を稼げたらよかったよね。」

答えになっているのかなっていないのかわからないことしか言うことができなかった。

ソニ、今いったいどこで何をしているのだろうか。蓮太郎がまったくソニに懐かなかったのは、何か知っていたのだろうか。


私はインドのことをまだ何も知らない。

(写真はブリティッシュスクールの目の前に広がるスラム街)



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