見出し画像

日照りのときは涙を流し、寒さの夏はオロオロ歩け

ハイパーハードボイルドグルメリポート、という素晴らしいテレビ番組(テレ東)がある。日本語が恋しくなって、Netflixで「日本 テレビ」と検索した中から探し当てた。小籔千豊氏が一人スタジオに座ってVTRを見ながらコメントするその映像は、もう最初からタダ者ではない雰囲気が漂い、ハードボイルド感満載。あっという間に家族全員虜になって、時間をみつけてはみんなでテレビ画面の前に集まり、一気に最初のシリーズを見尽くした。

その中で、リベリアの元少年兵の食事をレポートする回があった。2003年に終結した内戦で少年兵として過酷な経験を強いられた彼らは、現在20代から30代。居場所を失った元少年兵たちは墓地を住処とし、多くは麻薬で自分をごまかしながら、スリや売春で食いつないでいる。

彼らの住処に果敢にカメラと共に入っていく様子も見ごたえがあるので、見たことない人はぜひとも番組を視聴してほしいのだけれど、その中で番組が密着したのは、元少女兵だという28歳の女性。彼女に何を食べているか見せてほしい、と伝えると、2日に1回、売春が成功したらそのお金で食事をするのだという。番組はそのまま彼女の“職場”に同行し、その後深夜の食事(ポテトの葉っぱのカレーと山盛りごはん)を食べるところまでカメラを回していた。

セックスってなに

「セックスをして食事代を稼ぐ」リベリアの元少女兵の姿が、我が家の長男には超絶印象的に映ったらしい。それ以来「セックスをしてごはんを食べていたリベリアの元少女兵のこと」が頻繁にそれも唐突に会話に飛び出すようになった。

画像2

「この料理さあ(ほうれん草の料理だったか、グリーンチャトニーだったかそういうやつだった)、あのセックスをしてお金稼いでた元少女兵の人が食べてたやつ(草カレー)みたいだよね」
家族みんなで夕食を食べている時に急に言い出すから、思わずマンガのように吹いた。その時一緒にいた住み込みのメイドさんが日本語がわからなくてよかった、と胸をなでおろす。インドでは性的な話を、特に女性がすることは今でもタブー視されているからだ。我が家のメイドさんは、2歳のレンチビのおちんちんの話題すら硬直する。

「そ、そ、そうだね」とりあえず苦笑いする夫と私。
しかし「どうしてセックスをするとお金をもらえるのかなあ」と長男はいたって真面目である。

そのうちに妹が「ねえねえ、ところでさあ、セックスってなんなの」と尋ねてくる。もちろん番組は妹も一緒に見ていたのだけれど、その時は気にしていなかったのが、兄の発言で改めて疑問に思ったらしい。当然の流れだろう。大丈夫、予想の範囲内。

「そうだねえ、要は人間の交尾かな。トンボはおしりとおしりをくっつけて交尾をするでしょう。それで卵を生む。人間も赤ちゃんをつくるために、普通は男と女が交尾をするんだけど、その行為をセックスと言うわけ(例外があることはここではややこしくなるので置いておく)。女の人のお腹の中で作られた卵に、男の人が作ったおたまじゃくしみたいな卵の素を合体させるんだよ。」

「そうだよお前、人間の交尾なんだよ」
たぶん全くリアルにイメージできていないと思うのだけれど、何故か長男もしたり顔である。日本にいた頃科学館でも確かに「生命の誕生」コーナーにへばりついていたし、科学本も好きな長男は、“それなり”の知識はあるようだ。もちろん生物学的な意味の、ね。

「え、どういうことなの、それってどうやるの」妹は食い下がる。

「うーんと、女の人のお腹には、卵が定期的に作られるんだよ。でもそれだけではあかちゃんにはならなくて、そこに男の人が作るオタマジャクシみたいな卵の素を合体させないと赤ちゃんはできないの。そのために、女の人のお股に男の人のおちんちんをくっつけて合体させるわけ。」

できるだけ誠実に、できるだけいやらしく聞こえないように、生物学っぽい口調で話をする。嘘はよくない。

「えーっ…ちんことちんこをくっつけるってこと?なにそれ嘘でしょ、あはは!」

なぜか嘘だと信じてウケる長女と、何かを考え込む長男。よりリアルな説明は控えておくことにする。

「セックスをしてお金をもらえるなら、インドで道路で生活している人たちもそうやって稼いでいる人もいるのかなあ」
長男からは、いろんな意味でハラハラする発言が飛んできた。

「うーん、普通はセックスって、もちろん子孫を残すためのものでもあるんだけど、人間の場合は愛情表現という意味合いが強いんだよね。この人が大好き、愛おしい、だからセックスをしたい、という欲求が人間にはあるのだよ。(多分動物にもあるよね)

だからこそ、好きではない相手、愛していない相手とセックスをするという行為は、普通は嫌なことなの。愛していない相手とはしたくない。だから、セックスをしてお金を稼ぐということは、本当だったらやりたくないお金の稼ぎ方だと思うなあ。お母さんだったら、お金がなくて困っても出来る限りやりたくない。だって自分が傷つくと思うから。日本では違法だし。たぶん。」

分かるかどうかわからないけれど、できるだけ真実を伝えたくて、誠実に話をした。というのも、私自身は、きちんと性について誰かに学んだ記憶がない。もちろん小学校で男女分かれて発育の話を聞いたりはしたけれど、セックスという言葉も、それについての知識も、本や雑誌の中でしか聞いたことがなくて、中学生のころの知識は雑誌ananの表紙レベルだった。決して中まで踏み込まない、表紙レベル。もちろん中学生にもなればキスをしたり中には初体験をしたりする友達もいたのだけれど、自分自身はいろいろあって一度来た初潮が止まり、生理すらまともに来ていなかったし、そういう意味でとても幼かった。高校に入ってから友達に聞いても、「えーZちゃんにはまだ早いよぉ」とニヤニヤして教えてくれなかった。だって私は真面目でガリ勉だったから。

その後、大学に入って失敗しながら初めてお化粧を学んだように、失敗しながらオンザジョブで性についても学んだ。で、これはあんまりよろしくない、と個人的には思っている。リスクが大きすぎる。

だからせめて自分の子どもには、聞かれたら隠すことなく正しい知識と私なりの意見を添えて話をしていきたいと常々思っていた。保育園の卒業文集の「ぼく/わたしの生まれたときの思い出」を書くコーナーで、「ぼくのお母さんは、ぼくを生んだ時にお股が裂けて血まみれになって縫って、とっても痛かったそうです。お股が裂けるほど痛い思いをして生んでくれたお母さん、ありがとう。」と書こうとした長男が、クラスのお友達にどん引きされ、担任の先生に文面をマイルドに加工されたときは、やや正直に話しすぎたか?と反省したけれど、性についてよりオープンになりつつあるこの現代社会において、この方針は概ね間違っていないと今の所信じている。

話がそれたが、私の話を聞いた長男は、わかったようなわからないような顔をして「へえ・・・」と言いながらぼんやりご飯を飲み込んだ。

画像4

するとまたしばらくたったある日の夜、寝る前のベッドでゴロゴロしながら長男、こう切り出した。

「ねえ、俺たちがいるってことはパパとママもセックスをしたんだよね?」

きたきた、と内心思いながら、落ち着きはらって「そうだよ」と答える。次聞かれるのは多分、具体的にどうするのがセックスなのか、ということだろうか。どう説明しよう、1歳年下の妹と別々に話をしたほうがいいだろうか、パパと二人で男同士で話をしてもらったほうがいいだろうか、などと考えていると、

「じゃあさあ、だいたい何時頃したの?」

え?何時頃?え?時間帯?聞きたいのそれ?混乱する私。

「えーっと。まあ大体夜…かな?」

「あーやっぱそうだよね。」

え?そういう答え?そういう答え返ってくる場面これ?急激に可笑しくなった私は、こみ上げてくる笑いをこらえながら、「なんでそんなこと聞くの?」と聞いてみる。

「いやーいつかオレがするときの参考にしようと思って。昼間だとさあ、恥ずかしいもんね」

ふむ、なるほど。恥ずかしい、とかそういう意識があるのか。なんとなくイメージできているということだろうか。なんだか知らない合間にいろんなこと分かるようになってきてるんだな。ますますちゃんと話をしないといけないな。それにしても、参考にするのは結構だけれど、最初に聞くのがする時間帯って、なんかずれてないか、長男。もっとほら、盛り上げ方とか、シチュエーションとか、甘い言葉の使い方とか、なんかあるんじゃないのかい。

なんにせよ彼が性に興味を持ち始めたことは確かなようだ。

エロ本に目覚める男子の生態

新型コロナウイルスが流行して、学校は休校になり、社会も閉じ、先行きがわからない不安が世界中に蔓延している。不安になると人肌が恋しくなるというのはごく自然なことなのかもしれないけれど、この非常事態下で様々な要因が重なり、若い人たちの間で望まない妊娠が増えているというニュースを耳にした。

このロックダウン期間中、やることもなく、本もほとんど読み尽くした長男が、無意識に自分の内面に向き合い、強烈に印象に残っていたであろうあのリベリアの元少女兵のことを思い出し、同時に性に目覚めつつあるのだとしたら、まあそれも納得である。

でも自分が9歳4年生だったころのことを思い返してみると、まだまだ頭にお花が咲いていて、お父さんとオフロに入っていたし、バレー部の練習では平気でシャツ1丁になっていて、上級生の女子に笑われていた。そんな天真爛漫な私の話は、今の長男について考える上でまったく参考にならないので、夫に聞いてみることに。

ねえねえ男子って中学生くらいになるとエッチなこと考えるほうが健全だって聞くけどさ、エッチなことに興味をもったり自分を性的に意識しだしたのっていつ頃だった?エロ本とかっていつ頃から読んでたの?

「んー、たぶん小学校4年か5年生だったんじゃないかなあ」

えー早っ。
ということはうちの長男も多少そういうことに興味を持つ時期だと考えていいんだね。

「多少どころか、頭の中半分以上そういうこと考えてるんじゃないの…」

な、なるほど・・・中学生まで頭にお花が咲いていた私としては想像の上を行く回答だったけれど、うん、なるほど確かに、男子って、そういうもんなのか。いや、たぶん、夫は中学生のころから成熟していたからきっと普通より早かったのだろうけど、なるほど、うん、心の準備はしておこう。

(※注:本人によると、「まったくもって考えてないよ。俺の頭の中は、1/4は妹への対抗心、1/4はハルとレンチビのお世話、1/4は得体の知れないストレス、1/4はゲームとかマンガ」だそうです)

まだまだ母に甘えたい単純な男子だとばかり思っていたけれど、頭の中身は誰にもわからない。もちろん単純な男子に変わりはないのだけれど、少しずつ自我が目覚めていく彼を、一人の人間として尊重していかねばなるまい。

日照りのときは涙を流し 寒さの夏はオロオロ歩く 

今回のコロナウイルス騒ぎで望まない妊娠が増加している話があったが、そうではなくても、性の問題はいろいろな形でいろいろなタイミングで表面化する。若者が性的に自分をコントロールできるかどうかというのはどこに分かれ道があるのだろう、と考えたとき、それはもういろいろな要因があるだろうことは容易に想像がつくのだけれど、その一つが、正しい知識を持っていること、そしてもう一つは、不安を正しく受け止める方法があること、なのではないかと思う。もちろんそれだけではどうにもならないことも時と場合によってあるけれど、少なくとも教えられる知識は教えてあげたいし、不安なときは不安に思っていいのだと、その気持ちを肯定してやりたい。

そもそも男子の生態について全く知らずに子育てをしてきたけれど、インドにきて、不登校になって、転校して、と思ったら学校が休校になって、ハイパーハードボイルドグルメリポートをみて、リベリアの元少女兵について知った長男のこれからは、まったくもって私の感覚ではわからないことや知らないことばかりだ。

フラフラして短気でくしゃくしゃしてる長男をみていると、生きろよ!と声をかけたくなる。多分、あの子は表現が苦手だから。

でもね、これは長女と同じだけれど、自分の中に芽生えるものを尊重して、そして表現する努力を忘れないでほしい。喜びも、悲しみも、不安も。あのリベリアの元少女兵のことも、セックスの意味も、ずっと考え続けていてほしいと思う。

生きてるだけで丸儲け、って、私は自分が腐ってるときにさんまさんがテレビで言っててすごく救われた。生きていれば、知らない歌を沢山知って、知らない景色をたくさん見て、知らない言葉に沢山出会って、そしていつかきっと誰かを愛しく思うし、愛し合うことも知るでしょう。改めてリベリアの元少女兵を思い出す日が来るかもしれない。

生きろよ、長男。

画像4
雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ
小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ[#「朿ヲ」はママ]負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ
                              宮沢賢治

日照りのときは、涙を流し、寒さの夏は、オロオロ歩け。
にんげんだもの。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?