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思うこと227

 安部公房のエッセイ集『死に急ぐ鯨たち』(新潮文庫/1991年)の中に、「絶望も希望の一形式」というフレーズが登場する。去年その文言を目にしてから、その鋭い表現力がすっかり胸の奥に刺さって抜けなくなってしまった。「絶望も認識である以上、希望の一形式だからね。」と飄々と語る公房だが、実際、考えれば考えるほど難しい言葉であるようにも思う。現代において「絶望」と「希望」を安易に対立させるのはいかがなものか、と考えていた公房を想い、考えを巡らす。絶望も希望も、そこで終わってしまうと思考停止なのかもしれない。絶望から希望を見ることが美徳なら、同時に、希望から絶望を見ることも、あってしかるべきなのだろうか。いやいや、そういう風に分けて考えてしまうことが、既に危険なのだろうか…と思いながらウンウン唸る夜。

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