代弁者と当事者

もう20年以上前になる。
私が大学院の修士課程を終わるぐらいの年、私は自分の興味で色々な学部学科の授業に出たりしていたことで、他学部他学科の先生方とも懇意にさせて頂いていた。

そんなある時、いつも仲間たちと行くカラオケに見知った他学部の先生がいた。
その先生はお仲間とカラオケだったようで、会釈して自分の部屋に行こうとしたが、手招きされてその部屋に誘われた。まあ挨拶だけして帰ろうと思って入り、いつものようにギャグで笑わせながら自分は歌わず先生方の歌を拍手やカラオケで盛り上げた。

太鼓持ちではないが、生ビールを1杯ごちそうになったのでここらで帰ろうとしたその時だった。その先生方の中で一番若い先生がこう切り出した。

「○○さんは、本当にかわいそうですよ。組合としてもなんかやらないとダメですよ!」

周りの先生方や○○さんは一様にしょぼんとした。
どうやら○○さんは組合の嘱託職員で、その契約が切られるという状況のようだった。私も噂は聞いていたが、本当にそういうリストラが行われるのかと驚いた。

しょぼくれた他の先生たちに一切忖度なく、その若い先生はお酒でターボがかかった正義感でまくし立てる。

「○○さんを助けられないでどうするんですか。これだけ尽くしてくれたんですよ。この年齢で放り出されたらどうなるんですか!」

気持ちはわかるけど、そういうことの憂さ晴らしで楽しくカラオケやっているのに またほじくり返してどうなんだろうと思いつつ○○さんの方を見やった。

○○さんは、申し訳なさそうに小さくなりながら屈辱に耐えていた。
もちろん自分が不当な扱いを受けることには異議があるが、娘のような世代の若い教員に「かわいそうだ」と連呼されることは、恐らく辛いことだったと思う。その若い先生は自分の正義感で○○さんの処遇に対して異議申し立てを代弁者として言い立てるつもりでも、当事者の○○さんとしてはさらに専任教員と嘱託職員の立場の差を見せつけられるようで苦しかったのではないか。私は○○さんとは面識があり、その組合の取材(私は大学新聞の代表をやっていた時期があった)で何度かお世話になっていた。だからこそ、その申し訳なさそうに小さくなっている姿を見て、当時20代であった若さから火がついてしまった。

「やめろよ!」

その若い先生の言葉を遮り、私は怒鳴った。
びっくりするその若い先生含む先生方と○○さん。
私は続けた。

「気付かないのか?そうやって自分の正義感に酔いしれて誰かを追求することで、本当に救うべき人を一番傷つけていることを。もういい加減にしろ!」

それを聞いて我を取り戻した若い先生が激怒して私に反問してきた。

「お前みたいな若造に何が分かる?だいたい、お前はインド哲学とかいって根源的な学問をしてるつもりになっていばってるのが気にくわない。だったら、お前の哲学はどんなものなんだ。言ってみろ!ここで説明してみろ!」

私もかっとなったが、一番親しい先生や○○さんが驚愕しているのを見て変なバランス感覚が働いてしまった。やばい、これはギャグでごまかさないと!と。
私はこう返してしまった。

「私の哲学はある。あるけど、あなたには教えな〜い!」

「おやまゆうえんち」のギャグのように鼻の所で手をひらひらさせて「おしえな〜い」とやったら完全に逆効果で、その若い先生はさらに激怒して私に平手打ちをしてきて周りの先生が慌てて止めに入るという大騒ぎになった。

その時にいた一番偉い立場だった先生は、当然だがその若い先生の私をなぐるという態度に激怒し

「学生を殴るなんて何考えてるんだ!いい加減にしろ!飲みすぎだ!」

と怒鳴りつけた。私は

「なんか、本当にすいません」

と謝って立ち去ろうとすると、その先生はこう言ってくれた。

「君は何にも悪くない。正しいよ。また飲もう!」

私は深くお辞儀して、そのカラオケの部屋を出た。
その後すぐ、○○さんが追っかけて声をかけてきた。

「三浦君!ちょっと!」

私が立ち止まって振り返ると、○○さんが目にいっぱい涙を浮かべて立っていた。

「三浦君、ありがとう。嬉しかったよ。僕のことを本当に思ってくれたんだね」

その顔を見て若かった私はやっと気付いた。
○○さんを一番傷つけたのは、私だったのだ。
○○さんの顔を見て、もう涙が止まらなくなっていた。

「すいません…」

それだけしか言えず号泣する私を支えながら○○さんは握手をしてきて

「いや、いいんだよ。本当に嬉しかったよ。ありがとう」

○○さんはそう言いながら、強く手を握ってくれた。
私はそのやさしさに甘えて、泣きじゃくっていた。

誰かの代弁をするということは、そんなに簡単なことではない。
その人の気持ちを本当に理解できているか、傷つけない形で代弁できるか、その人との信頼関係は出来ているのかが、問われる。

私は他者のことで正義感が燃え盛る時、いつもこのことを思い出すようにしている。





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