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いつか、4杯目の乾杯を

「お酒は3杯までって、決めているの」
なっちゃんは、決してそれ以上は飲まなかった。
飲み足りない私はいつだって、もう一杯くらいいいじゃないのと誘うのだけれど、なっちゃんが4杯目のお酒を注文することはなかった。

なっちゃんは、大学時代、よくつるんでいた友人の一人。
名前に「夏」の文字が入る。
梅雨が明け、前期試験が終わってほっとする頃になると、彼女はいつもこう言っていた。
「いよいよ夏が来るよ。私の季節よ!!」
なっちゃんとは、卒業後もたびたび顔を合わせて飲みに行っていた。周りの同級生が次々と結婚する中、独身を謳歌していた私となっちゃん。最後に会ったのは、私が結婚する少し前のことだったろうか。
私の地元の街まで足を運んでくれたなっちゃんと、馴染みの炉端焼き屋さんで乾杯した。
なっちゃんには大学時代からずっと付き合っている人がいた。かなり年上の人で、仲間内で最初に結婚するのはなっちゃんだと、誰もが思っていた。
その夜、いつも真夏の太陽のように明るかったなっちゃんが、珍しく物憂げな表情を見せた。年上の彼氏とは別れ、今は別の人が大好きなのだと。
でもその人は、恋してはいけない人なのだと、小さな溜息と共に私に告げた。

「なっちゃんは、幸せにならなくちゃダメだよ」
私は、それだけしか言えなかった。
そして彼女はこの日も、明日に障るからと、3杯で切り上げて帰っていった。

なっちゃんの訃報が届いたのは、彼女が大好きな夏がくる直前のことだ。
あの夜の告白の恋は、やはり実ることはなかったのだろう。
独身のまま、家族と友人が見守る中、彼女は旅立った。

あれから何度、夏空を見上げ杯を掲げたことだろう。
私の体もあちこちポンコツになった。
ねえ、なっちゃん。
私がそちらへ行った際には、おおいに飲もう。
帰り道の心配もない。明日の仕事も気にしなくていい。健康に気遣う必要はない。
この世ではできなかった、4杯目の乾杯をしよう。
4杯目が終わっても、5杯目がある。
だから、たくさん話をしよう。
その日が夏だったら、最高だね。

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