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パクチーチップスの呪い

「なんですか、これ!?」
友人Kさんが私の隣で、驚きの声をあげた。

Kさんの前の席に座っていたMちゃんが、
「ふふふ、パクチー味のポテチですよ」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら、答えている。

ここは、私の勤める会社のオフィス。3時のおやつにと、バイトのMちゃんが出してきたのが、「パクチー味のポテチ」だった。
実は、私はKさんが食べるよりも少し先に、Mちゃんからこのポテチをいただいた。
「美味しいでしょう?」
Mちゃんが、ポテチをモグモグさせている私の顔を見つめて尋ねてきた。
「そうだね、スパイシーな味だね」
ちょっと変わった味だったけど、食べられなくもない。無難な回答をした。

私は、よくコンビニに売られている変わった味付けのポテチが苦手だ。九州しょうゆも、明太子味も、ガーリック味もたこ焼き味も。
夫はそんな新商品が大好きで、よく買って帰ってくるけれど、私はあまり食べない。うすしおとコンソメパンチとのりしおだけで十分だ。
だからMちゃんに感想を求められても、嘘をついて「美味しいよ」とはいえなかった。

まずくはない。まあ、私的には美味しいとはいえなかったけど、ちょっとエスニックな味で、変わった味ではあるけれど、食べられなくもない。
Kさんがそれほどまで、このポテチにリアクションするとは思わなかった。けれど、Kさんの次の言葉に私もやられてしまった。

「これ、カメムシの味ですよ!」

カメムシ。名前を聞いただけでも、身の毛がよだつあの虫だ。
緑色でてんとう虫を一回り大きくしたほどの大きさのあいつは、私という人間一人を気絶させるくらいの破壊力の強烈な臭いを放つ。
青臭いような鼻を刺すような胸が悪くなる何ともいえないあの臭いが、外に干した洗濯物についたら、悶絶ものだ。もう一度洗濯機へ放り込むことは必至。
賃貸マンションに住んでいた頃、夜帰宅してエレベーターに乗った。ドアが閉まった瞬間、あの臭いに出くわした。エレベーターの床にヤツがいたのだ。
密室のエレベーターに、カメムシの臭いが充満する。本当に気を失いそうだ。これは毒ガスだ。慌てて息を止めて、自分の階に到着するのを待った。たったの3階なのに、遠い。一瞬でも息をしたら、カメムシの臭いにやられる。
エレベーターのドアが開いた。
外に出て、深呼吸した。けれど、鼻の奥にこびりついたカメムシの臭いが消えない。何度も何度も深呼吸した。
二度とカメムシとエレベーターでは遭遇したくない。
うちが高層マンションの高層階でなくてよかった。

パクチーは、カメムシの味。
うげーーー。さっきまでスパイシーだと思っていたのに。
「本当にカメムシの味なんですか?!」
私は、確認のため、ポテチをもう一枚口に放り込んだ。
「うわっ。カメムシや!」
スパイシーだと思っていた味が、一気にカメムシ臭に変わった。
もう食べられない。カメムシを食べるなんて。死んだ方がマシだ。聞くんじゃなかった。ちょっと好きになりかけていた人の裏の顔を知ってしまって、嫌いになるようなもんだ。

Mちゃんが、私とKさんのひどいリアクションを見て、
「パクチーって日本名で『カメムシ草』っていうらしいですよ」
大笑いしながら言う。
なんと、パクチーがカメムシ味であることは周知の事実であった。ネットで調べてみると、パクチーとカメムシは同じ成分だという。ますますダメだ。
「それでもって、このポテチ、パクチーの味に限りなく近いって人気なんです」
まじかー。ってことは本物のパクチーもこの味なんだ。

私もKさんもパクチーが嫌いになった。食べたことないけど。

それなのに、最近はパクチーブームだそうで、スープや、調味料はもちろん、ジュースやチョコまであるらしい。
都会には、カメムシはいないんだろうか。
生まれも育ちも東京の東南アジア好きの友人は、パクチーの味をカメムシの味だと思わないと言ってた。「パクチーはパクチーでしょ」って。
どうやらエレベーターで出くわすという最悪の事態になったことはないようだ。

残念ながら、私とパクチーは、最悪の出会いをしてしまった。少女マンガなら、どこかで好き同士になるんだけど。私たち、どこかで、分かり合える日が来るのだろうか。

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