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自分を嫌いになることを一つやめた

午後9時、帰宅。残業あり。

リビングには人気がなく、家族はすでに夕食を終えていて、私のお皿だけ、ラップをされてキッチンに置かれている。
冷蔵庫には、週末に飲んだ白ワインの残り。それから、先週買った小さくてかわいらしいワイングラス。
録画したテレビ番組が、ハードディスクで見られるのを待っている。
頂き物の美味しいお菓子。
ネットで見つけた、簡単おつまみレシピ。

これは全部、今日の私へのご褒美だ。

「四十にして惑わず」
と、かの孔子は言ったそうだが、四十後半に差しかかっても、いまだに心惑わされることばかりだ。

ちょっと気の合わない人がいる。
会話がかみ合わなかったり、自分と仕事のやり方が違ったり。相手もどうやらそういう私のことがあまり好きではないか、私とあまり関わりたくない様子。
どうも足並みがそろわない。モヤモヤ……

ラップをはずし、食卓に料理を並べる。
毎日夕食を作ってくれる母、ありがとう。

小さなワイングラスに、白ワインを注ぐ。
テレビをつけ、お気に入りの番組を再生する。
画面の向こうでは、明るい大人の女性の笑い声と美味しそうな料理。

ワインはちょっと日がたって酸っぱいけど、まあ美味しい。
夕食は、安定の母の味。
テレビの向こうでは、女性たちが自然の中で四季折々の食材を、楽しそうに調理している。ああ、私も料理がしたくなってきた。

ワインをもう1杯つぎ足す。
冷蔵庫から、カッテージチーズと、ちょっと前に作っておいた、はっさくジャムを出す。ジャムに入ったはっさくの皮を小さく刻んで、カッテージチーズと混ぜる。このカッテージチーズは裏ごしタイプなので、クリームチーズのような食感。その上、低カロリー。
クラッカーに載せて食べる。
クラッカーとチーズの塩気、ジャムの甘み、はっさくの皮の苦み。ねっとりした食感を白ワインの酸味で流す。ああ、美味しい。

非常に恥ずかしい話だけれど、嫌なことがあったり、モヤモヤすることがあると、その日のうちに誰かに言って吐き出さずにおれない人間だった。

でも、言ってもすっきりするどころか、言ってから「あんなこと言うんじゃなかった」と自己嫌悪に陥るばかり。
よくよく考えてみれば、そのモヤモヤやイライラ、相手を「キライ」と思う気持ちの発端は、自分の劣等感だったり、承認欲求だったり、自分の都合のいい解釈からくるもので、相手に落ち度がないことばかりだと、やっとこの年齢になって気づいた。
要は、自分の思い通りに事が進まないことへの、八つ当たりだったのだ。

もちろん、相手の心無い言動に傷つけられることもある。でも、それもまた、自分がそう受け止めただけのこと。
「傷つけられた、かわいそうなあたし」を必要以上に演出して、共感してもらっても、結局気持ちが晴れることはなかったし、そういう自分がますます嫌いになった。

でも、もうやめた。

自分を嫌いになることはやらない。

今日は、モヤモヤをどこにも吐き出さずに、黙って家まで持って帰ることができた。

嫌な気持ちは、心の中でじわっと味わいつつ、楽しい気持ちで上書きする。

「これ、食べていいよ」
1人、バルごっこをしていたら、パジャマ姿の娘がやってきて、テーブルに小さな袋をおいていった。友人からのホワイトデーのお返しらしい。
ラスクみたい。一口いただく。サクサクで甘くておいしい。

うん、今夜はいい夜だ。

お風呂に入って、いい香りの入浴剤をいれよう。

出たら、パックして、ネイルを塗り替えよう。
ああ、推しの動画も見なくちゃね。

明日は、もっと優しくなれるといい。


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