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娘からの「帰ったら食べたいものリスト」に希望をもらった

6月末から7月上旬にかけて、遠方で大学生活を送っている娘が2回ほど帰ってきた。「大学のテスト勉強に疲れたから、実家で癒やされたい」というのが帰省の理由。娘は大学生活の理想と現実のギャップに悩んだり、希望した専攻コースに行けなかったり、体調に波があったり、何かと悩みの多い大学生活を送っているので、上げ膳据え膳でゆっくりさせてあげたいのが母の心である。
娘が求めているのは家事や雑事に気を取られることなく、大学の試験勉強やレポート作成や趣味に集中して時間を使いたい。一人暮らしで他人に囲まれているから、たまには、好きなようにしゃべったり、子どものようにふるまったりしたいのだろうと思う。私も平日はフルタイムで働いているし、娘ももう成人した大人なので、私のできる範囲で娘の「実家でゆっくりしたい気持ち」に応えてあげようと思った。

娘が帰ってくる前に「何か食べたいものがある?」と訊ねたら、「帰ったら食べたいものリストを作ってあるよ」と、スマホのメモのスクリーンショットが送られてきたので、その娘のリクエストに応えることにした。

1 中華粥

娘が帰ってきたのは、平日の夜遅く。午後の授業を終えて、電車とバスを乗り継いで帰ってきた。「晩ごはんは、食べて帰ってくる?」と聞くと「バスに酔うといやだから食べずに帰る」とのこと。
では、何か作ろうかと聞くと、
「お腹に優しいものが食べたい」
との返事。
娘の好物の一つに「お粥」がある。中高生のころも、食欲がないという日の朝ごはんによくお粥を作って出した。胃腸の調子が悪いときや寒い冬の日は、スープジャーにお粥を入れて持たせた。
私も体調がすぐれない日は、弁当にお粥と梅干しとお漬物を持っていくことにしている。
冷凍庫に鶏肉と刻んだ青ネギが残っていたのを思い出し、鶏肉と卵、青ネギに中華だしを加えて中華粥にした。
「んー、おいしいー!」と娘からの元気な言葉が聞けて、安心した。

2 スコーン

スコーンが食べたいものリストに入っていた。
「ホットケーキはアパートのキッチンでも作れるけど、スコーンは無理だから」だそう。確かに、オーブンレンジと広いキッチン台がないと焼き菓子は作れない。それにスコーンは一人で食べるより、紅茶と一緒に、誰かとおしゃべりしながら食べる方が楽しいよね。

というわけで、金曜の夜、お酒片手に生地を仕込んでおいて、土曜の朝ごはんに焼いて出した。
酔った手で作ったけど、ちゃんと腹が割れたスコーンが出来て満足。
「ジャムと生クリームはどっちを先に乗せるか」とか、「本場イギリスではクロテッドクリームだけど、ホイップクリームの方がおいしいと思う」とか、我が家でスコーンを朝食に出した日の定番の会話に続いて、娘が推しの話とか大学生活のグチとか、就活を踏まえた彼女の人生の将来展望を存分に語ってくれた。親としては、希望の職種に就けることを祈りたい。

3 ばあばのコロッケ

実家の母が作るコロッケがリスト入りしていたので、母にリクエストして作ってもらった。
実家の母の作るコロッケは私の夫にも大人気。夫も数か月に1度くらいの頻度で「お義母さんのコロッケが食べたい……」とつぶやく。なので、たまに母に頼んで作ってもらっている。
母の作るコロッケはおいしい。じゃがいもがもっちりとしていて、舌に乗せるととろりと溶ける。ひき肉とじゃがいものバランスもよくて、ひき肉がじゃがいものじゃまをしない。それなのに、肉のうまみはしっかりとじゃがいものしみている。冷めてもおいしい。そして大きい。手のひらくらいある。

私の仕事が忙しく、家事も苦手なので、娘が高校を卒業するまでずっと、実家の母(娘のばあば)が夕食づくりを買って出てくれていた。

祖母の料理で大きくなった娘にとっては、母の味より祖母の味のほうがずっと身近で家庭の味。当時を振り返って、私がもっと頑張って夕食を作ればよかったと後悔することもある。実際、家事と仕事を見事に両立させている同僚を見ると「私って甘やかされているな」と思う。
でも、本当は家事が苦手というか嫌い。残業や休日出勤や出張をこなしながら、その上に夕食づくりまでやっていたら、きっと体か心のどちらかを壊していたと思うので、いまこうして家族全員が健やかに暮らしていられるのは実家の母の協力のおかげだ。

子どもたちが巣立って、実家の母の夕食づくりも終了とさせてもらった。
だけど、コロッケだけは母の作ったものが一番おいしいので、未だに母に頼っている。

残念ながら、この日は残業で帰宅が深夜になり、娘と食卓を共に出来なかった。(なので写真もなし)
仕事中に「ばあばがコロッケを持って来てくれるって言うから待ってる。お腹がすきました。コロッケが楽しみ!」とLINEがきたので、相当に楽しみにしていた様子。

4 スープカレー

娘の食べたいものリストに「スープカレー」がインしていて意外だった。スープカレーを娘に出したのは一度きりだと思う。何度も作って出した基本のスパイスカレーやバターチキンカレーではなく、スープカレーを「また、食べたい」と言われたことが驚きだった。
このスープカレーは具材に骨付きの鶏肉とたっぷりの野菜を使っていることと、その野菜から取ったスープの滋味深い味わいが特徴。濃厚でパンチのあるカレーではなく、あっさりしているけど、野菜のうまみがたっぷり詰まったこのカレーのおいしさを憶えていたのだと知ってうれしかった。

ちょうど友人がスパイスカレー用にとジャスミンライスを分けてくれていたので、今回はそれも炊いて出した。付け合わせは、スパイスのきいたキャロットラペと、実家の母(娘のばあば)特製のきゅうりのお漬物。

5 弁当

リクエストされたわけではなかったが、久しぶりにお弁当を作って持たせたくなった。といっても、娘は家にいるので持っていくわけではないけど、お弁当があれば昼ごはんを作ったり買ったりしなくて楽だろうと思ったから作った。

息子が高校生になってから、娘が高校を卒業するまでの4年間、(毎朝ではないけど)お弁当を作った。娘が高3の1年間、作ったお弁当をインスタに載せて記録していた。

夫と二人暮らしになったら、中年用の弁当を作ろうと意気込んでいたのだけど、本来のズボラが顔を出し、どうもやる気が起きない。結局、お互い別々に弁当を買ったり、在宅勤務の夫はキッチンでレトルト食品をチンしたりして、やり過ごしている。
毎朝の弁当づくりも、子どもがお昼休みに弁当箱を開けて「おお!」と喜んでくれることが作るモチベーションだったのだと、今になって気づいた。
献立を考えるのも、早起きして作るのも大変だったけど、もうあの日は帰ってこないと思うとさみしい。
前日にネットスーパーで食材を注文しておいた。
・きゅうりごはん
実家の母からもらったお漬物が残っていたので刻んで居ごはんに混ぜた。きゅうりごはんは、私が学生だったとき、お弁当レシピ本で見つけて母に作ってもらったら、思った以上においしくてハマった思い出の料理でもある。
・豚肉と玉ねぎの塩炒め
冷凍庫に残っていた豚肉と玉ねぎを炒めて、塩こしょうと酒でシンプルに味付け。
・酢れんこん
さっぱりしたものが食べたくて、作った。本当はゴボウで作るのだけど、娘がゴボウが嫌いなのでレンコンを使用。
・にんじんのグラッセ
赤の彩りににんじん。溶かしたバターに和えた。砂糖できんぴらとまよったけど、デザート代わりに甘々にした。
・ほうれん草のごま和え
緑と言えばほうれん草。ごま和えの素を使えば一瞬でできる。
・卵焼き
久しぶりに卵焼きを作ったら、やっぱりちょっと腕が落ちていた。

6 ホットドック

リクエストにはなかったものだけど、娘を驚かせたくて作った。
先日見たYouTube動画で見た人気店のホットドックがあまりにおいしそうだったので、真似て作ってみた。

コッペパンに切り込みを入れて、トースターでちょっと焼いたところに、炒めたせん切りキャベツを挟んで、その上に、焼いたウィンナーと平らに焼いた目玉焼きを乗せ、ケチャップと溶けるチーズをかけて、トースターでもう一度焼いた。

はい、どん。

多分動画に出てくるホットドッグとは全然違うシロモノになったけど、
「うわ!! なにこれ!?」
と、予想どおりのリアクションがもらえて満足。ふだん食欲少なめの娘が、ペロリと1本平らげてくれたこともよかった。

7 おにぎり

娘が大学のある街へ帰る日のランチはおにぎり。いつも高速バスで酔うと嫌だから、バスに乗る前の食事は取らないか、もしくは控えめ。
娘が高校生のころ、よく模擬試験のお弁当におにぎりを持たせた。食べすぎると午後の試験に体調が悪くなると言うからだ。だけど食べないのも元気が出ない。その妥協点がおにぎり2個。
当時は、塩むすびに梅干し、塩昆布のおにぎり、ごまとかつおぶしを混ぜた焼きおにぎりが定番だった。あれから2年以上がたって、母も進化したのだ。
わたなべますみさんのレシピ本からレシピを拝借して「スパイスおにぎり」を作った。(写真を撮り忘れました)

味噌に砂糖、酒、みりん、酢、クミンとコリアンダーを混ぜて、焼きおにぎりに載せて、味噌のついた面を10秒焼く。味噌が焼け、砂糖やみりんが焦げて香ばしい香りがたつ。とても簡単だった。
早速娘に出すと、「なに? お味噌?」と不思議そうに見ている。「スパイス入りのお味噌だよ」と言うと「へー!」と驚きの様子。
さっそく、一口食べて「これ、おいしいよ!」と声を上げてくれた。
おにぎりには梅干しを入れておいた。すると娘が「味噌と梅干し、合う!」とも言ってくれて、よかった。
私も洗い物を済ませ、娘のあとに続いて食べる。
味噌が香ばしくて、塩おにぎりにとても合う。味噌の甘さと梅の酸味もよく合っていた。私の好みで言えば、もう少し砂糖を足して甘くしてもよかったなと思う。次に娘が帰ってきたときは、そうしてみよう。

娘のリクエストには、牛丼もあった。一応作った。
有名牛丼チェーンの牛丼のほうがおいしいと思うのだが、娘は「家で作ったのが食べたい」という。大して気合いを入れて作ったこともない牛丼がなぜ食べたいリストに入っているのか、分からない。作った牛丼は、案の定、牛丼チェーン店のよりおいしくなかったが、娘は「おいしい」と言って食べていた。母の作る牛丼に何か良い思い出が結びついているのかもしれない。それならうれしい限りだ。

8 娘からの料理リクエストに許された気がした

朝ドラ「虎に翼」を毎朝見ているが、最近のエピソードがとても見ていてつらい。
寅子は家事が苦手、その一方で優秀な裁判官として仕事している。初の女性裁判官ということでもてはやされてちょっと調子に乗ってしまったところはあるけど、家計を守るため一生懸命働いていることには違いない。一方で、その働き方は「家庭を顧みていない」と取られてしまう。家事や育児は親友であり義理の姉でもある花江にまかせきり、毎日夜遅くまで働いて、同僚と飲んで帰ってくることもしばしば。おかげで、実の娘との心の距離がどんどん広がってしまった。
そんな伊藤沙莉さん演じる寅子の言動に私は目を覆いたくなる。まるで昔の自分だからだ。
苦手な家事から逃げて、夫や実母に多く家事をまかせた。その代わり一生懸命働けばいいと思っていた。でも、それだけじゃ足りなかったのだ。私も気づかない間に子どもたちとの心の距離が広がっていた。
「虎に翼」を見ていると、あのときの自分には見えていなかったことが、可視化されて、再度私に覆いかかってきて、ちょっと心が痛む。
寅子は法律家として相当優秀で勤勉だが、私は全然優秀じゃないし、勤勉でもない。仕事からも家事からも逃げて、ただ家族に甘えていただけだったのかもしれないと反省と後悔と、懺悔と罪悪感にさいなまれていた。

子どもたち、特に娘が高校を卒業する前後、私と娘の間には、大きな心の隔たりができていた。大学選びから始まり、私の娘に対する言動の多くが、彼女を傷つけていたという事実を知らされた。「娘のため」と思っていたことが全て私のエゴだったのだ。
それからも何度も娘とぶつかった。そのたび、大学生活がうまくいかないのも、娘の体調に波があるのも、全て私のせいなのではないかと思うようになった。

それから少し娘の今の気持ちを尊重する努力をしている。ついもっと頑張れとか、そんなんでどうするの? とか勝手に先回りしてあれこれ言わないように心がけるようにしたり。娘の気持ちに共感するようにしたり。
本当のところ、どこまでできているかわらない。

娘のリストは、できた母親ではなかったけど、私の作った料理が娘の記憶に残っていて、再現してほしいと思えるいいものがあったことを教えてくれた。何より、この家を大学生活に疲れたときの「逃げ場」にしてくれている。これまでは、実家より一人暮らしのほうがいいと言っていたのに、「家に帰りたいな」と口に出すようになった。
これから少しずつ娘との関係も変わっていけるのではないかという気がしている。

朝ドラの寅子には娘の優未ちゃんと心が通う何かを早く見つけてもらいたい。(ドラマだから、きっとうまくいくんだろうな)

「次は関西国際空港で待ち合わせだよ」そう言い合って、かばん一杯の荷物とスーツケースを抱えた娘を見送った。


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