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日曜日記(2022.3.13)~年を経て良くなることもあるらしい

若いころは「そばかす」と言っていたものが、いつの間にか「しみ」になった。
アトピーでかぶれやすく、あかぎれを繰り返し節くれた手は、太陽の下に出ると、すぐに真っ黒に日焼けして、「どなたの手にもなじみます」と銘打ったネイルも似合ったためしがない。
若いころは、運動が苦手で太っていたし、標準体重になった今も、当時の名残のいかり肩と丸い背中は、何を着ても様にならない。

外見至上主義ではないけれど、生まれ変わったら、華奢で、色が白くて、日焼けしにくい、手荒れしない、アレルギーがない人生を送りたい。
しかし、残念ながら、私はまだこの人生を生きている。だから今、何か一つくらい、いいところがあってもいいのにさ……と思い続けて、はや数十年が過ぎた。

1か月と少しぶりに美容院にいった。

「あれ、今日、長さがいい感じですよ」
もうかれこれ10年以上担当してくれている美容師さんが、私の後ろに立って、鏡越しにそう言った。
どうやら、1か月分伸びた髪が、ちょうどいい長さでまとまっていると言いたいらしい。
実は、私もそう思っていた。
今日、美容院に予約を入れたのは、髪の毛が伸びたせいではなく、おでこや耳の生え際に、白髪が伸びて目立つようになってきたので、カラーをしてほしかったからだ。
髪の毛については、今が、長すぎず短すぎず、ちょうどいい長さだなあと思っていた。だから、今回は「そろえるだけにしておいてください」とお願いするつもりだった。

さすが、長年のつきあいの美容師さんは、その辺、ちゃんと分かってる。

「分かりました。あとは、いつものように量ですか?」

手荒れも、しみもいかり肩も、己のあらゆるところが気に入らないが、もう一つ気に入らないところがある。
それが髪の毛だ。

子供のころから、真っ黒くて太い針金のように硬くてまっすぐな髪の毛は、量が多くて、伸びると広がって、黒いヘルメットをかぶっているよう。
伸ばしてポニーテールにでもしようものなら、ポニー(馬)のテール(しっぽ)と言うよりも、それは太くて大きなしめ縄だった。
だから、伸ばさず、ずっとショートカットを守ってきた。
それでも量が多くて、ヘルメット頭が解消されないので、毎度、美容師さんに「しっかり量を減らしてください!」とお願いして、髪を梳いて少なく見えるようにしてもらっている。

だけど、今日は違った。
「量もこのままでいいです」
そう言ったのは、はじめてだった。

先月、髪の色を変えた。全体を明るめの色にして、ところどころ筋のように脱色してハイライトを付けた。

髪の色が明るくなったおかげで、髪の毛の量が目立たなくなったのだろうか。
それも多少はあるだろうが、一番の理由ではない。
これは、多分、年のせいだ。

「髪の毛が多いのは財産ですよ」
量が多くて嫌だ、嫌だとぼやいていた30代後半、そのたびに担当の美容師さんは、見事なハサミさばきで髪を梳いてくれながら、私に言った。
「年を経ると、髪は痩せたり抜けたりするんですよ。もともと髪の毛の細い人や毛量の少ない人は、それが目立つんです。育毛剤なんかで痩せさせない、抜けない努力をしても、生まれつき毛量の多い人のようにはなりませんから。髪が多いのは財産です」
そういって、私のヘルメット頭を褒めてくれた。
当時は正直、「お世辞だろー」と疑っていたけれど、40代後半になった今、その言葉が真実だったと悟った。

私の髪の毛も、年齢には逆らえない。
40歳を過ぎてから、白髪がぐんと増えた。
白髪は、黒髪より、すこし細くて、大きくウエーブがかかっている。細くなったと言えども、十分に太く、毛量は、生まれたときのままだ。多少、抜けたってびくともしない。毛根は売るほどあるのだ。

程よく細くなった髪の毛に、明るいトーンの髪色が加わって、見た目的にはベストな髪の量になったというわけだ。

「毛量が多いのは財産です」
あれほど嫌っていたヘルメット頭が、今やっと日の目を見た。

コンプレックスが、自分の強みになる瞬間があるんだ……

顔のしみは増える一方で、あかぎれもなくならない。手の甲はどんどん筋張ってきたし、指は節が目立つし、いかり肩はいかったままだ。

大きな宝石のついた指輪は、年を重ねた手にこそ似合うと聞いたことがある。

これもいつか、ベストな状態になる日がくるのかもしれない。

「じゃ、今日は整えるだけにしときますね。カット代は800円でいいですよ」

ついでに、財布にまで優しくなった。



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