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ピアスのジンクスはもういらない

アクセサリーボックスから、いつものピアスを手に取ろうとしてやめた。

ジンクスはなくなったのだから。

10年ほど前になるだろうか。友人が働く宝飾店の展示会に誘われて行った。ホテルの大広間を貸し切って、宝石たちがホテルの照明を浴びて、ミラーボールみたいに会場を輝いていた。
そこで、小さなダイヤモンドのピアスを買った。宝石など一度も買ったことのない私が精一杯背伸びした買い物だった。

仕事でスーツを着るときや、初めての人に会うとき、展覧会やクラシックコンサート、親類が集まるときなど、ほんの少しフォーマルなときに、このダイヤのピアスを付けた。
そのうち「大事なイベントのときは、ダイヤのピアス」が定番になり、1日、1日とピアスとの平穏な日々を積み重ねるうちに、「ダイヤのピアスをつけると失敗しない」というジンクスが出来上がっていた。

その日も、大きな会議が続いた最終日で、スーツを着てダイヤのピアスをつけて仕事に行った。
無事、トラブルなく会議が終了し、家路につこうと車を走らせた。
自分では気づいていなかったが、数日続いた会議の緊張で相当疲れていたんだと思う。寄り道したスーパーの前で交通事故を起こした。幸い、車は傷ついたけど、大怪我にならずにすんだ。

事故を起こして数日は、あの時、寄り道しなければ、あの時、ちゃんと見ていればと後悔と反省で頭が変になりそうだった。
事故から10日が過ぎ、少しずつ事故処理が終わっていくにつれ、落ち込んだ気持ちも少しずつ回復してきた。

今日も、また仕事で大きなイベントがあった。
いつもどおりスーツに着替えて、ダイヤのピアスを手に取ろうとして、手が止まった。

大事な場面では、いつものダイヤのピアス。
それ以外は怖くてつけられない。つけていないと失敗する。

アクセサリーボックスには、安物だけど、いろんな形のピアスがあって、ふだんは洋服や気分に合わせて選ぶのに、大事な日は、どんなに隣のピアスに目が行っても、ダイヤのピアスを選んでいた。

でも今朝ふと思った。
もう、ジンクスはいらなくない?

ダイヤのピアスをつけても、交通事故を起こす日もあるじゃないか。もちろん、ピアスのジンクスのおかげで、命にかかわるような大きな事故にならずにすんだともいえるけれど……

ところで、ジンクスとはいったいなんだ。

これがあればうまくいくとかいかないとか、本当にあるんだろうか。
ダイヤのピアスをつけた日も、多分失敗も、悪いこともあったはずだ。でも、私は「ダイヤのピアスをつける日はうまくいく」と信じていたから、ネガティブな情報をうまくスルーし、悪いことの中にも良いことを見つけ出して、「いい日だった」と結論づけていただけかもしれない。

ジンクスとは、信じることではないだろうか。
一見、失敗に見えることの中から「よかった」と思えることを見つけること。見方を変えてポジティブにとらえること、その逆も同じ。

ジンクスは、私の頭の中にあったのか。

もう、ダイヤのピアスじゃなくていい。

今朝はスーツに着替え、アクセサリーボックスを開く。一番最初に目に付いた、小さなパールのピアスを手に取ってつけた。

会議は無事に終わったし、素敵な贈り物が届いた。
遠くに住む友人とおしゃべりをしたし、親友から返信があった。
ほらね、いい日だったじゃないか。





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