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ミンガス・ビッグバンド

なんとも災難続きで意気消沈の時に、時々、元気をもらうために聞くのがこれ。

ミンガス・ビッグ・バンド

ベーシストでむしろ作曲家といってもいい、ジャズミュージシャンの故チャーリー・ミンガス作曲の曲を、基本的にひたすら演奏するジャズのビッグバンド。

90年代のマンハッタンではイースト・ビレッジに、Time Cafeというライブハウスがあって(より正確に言うとそのカフェの地下のFezという名のライブ。でもTime Cafeのライブと通称していた)、毎週木曜の夜はいつもそのMingus Big Bandのライブだった。僕が住んでた5年間、ずっとそうだった。

Mingus Big Bandという名前があってもメンバーはいつもちょっと違っていて、それぞれが自分のバンドで個々のライブをできるような(実際そうしていた)第一線の管楽器プレーヤーが10数人、それにリズム・セクションの大所帯だった。

今思うと、とんでもなく贅沢なライブだった。

トランペットのランディ・ブレッカーとか当時でも日本に呼んだらブルーノートでチケット8000円でも店いっぱいになるようなプレイヤーがごく普通にでていた。そこで吹くのが本人も楽しそうな、不思議な雰囲気のある、最先端の実験的な、でもけっこうゆるゆる雰囲気のライブだった。

チャージはたしか当時で10ドルとか15ドルくらいだったかな。飲み物のんでも20~30ドルもあればよかった。当時住んでたアパートから徒歩10分くらいで、都合がつけば行っていた。時には訪問してきた知り合いを連れて。年に10回以上は行ったかな。 

住んでたアパートから歩いていくと、たしかボワリーとかいうホームレスがたくさん住んでいる(?)通りを通っていくと、そのカフェはあって、たしか地下におりるとライブハウスになっていた。行きは良い良い、帰りの深夜は人通りまばらで治安が当時はあまりよくなかったが、走って帰ったので面倒にまきこまれたことはなかった。びびりなので結構毎回はらはらだったが大丈夫だった。タクシーに乗るには近すぎた。



演奏は、ビッグバンドとしての譜面的な決めごとはあるんだろうけど、ソロになるとそれぞれ延々とアドリブソロをとるので1曲が20分とか30分とかになったりした。

ソロの後半で、「ソリ」と言うんだったか、管楽器がいっせいにソロのバックで決めごとのフレーズをいっしょに盛り上げるかのように吹く。

するとソリストは「まだ言いたいこと言い尽くしてないよ。もっとやらせろよ」みたいな感じで対抗してさらに激しくフレーズを吹きまくる。

たぶん、この「ソリ」、アドリブのコーラスの最後の2コーラスの後半に仕掛けられてあって、このソリが2回続くとソロは次の奏者に移る。その時、バンドはいったん急に静かになる。時に、ドラムも止まって無音のなかでソリストがアドリブを展開していったりする。でもみんなの頭の中ではリズムもコード進行も続いていて、その規則正しい基本のリズムは崩れない。そこらへんはゆるゆるではない。

これはたぶんそこでのある日の演奏。この写真にはベースを弾くミンガス自身が写っているが、ミンガスは1979年没なので、おそらくこのYouTube音源は90年代くらいの演奏では?というのは、出だしで渋い低音でバリトンサックスを吹くRonnie Cuberは、僕が通ってた頃の常連バリトンプレイヤーだった。


基本は、けっこうゆるゆるの設定で、それぞれ極めたプロの寄せ集めだからそれで音楽的に成立することが可能だったんだろうけれど、たぶん、リハ無し、細かいだんどり無しで、ぶっつけで始める。ここらへんが、へんに練習を極めたお行儀の良いというか予定調和的に譜面通り仕組まれたビッグバンドよりスリリングだったなあ。わくわくした。

一度目撃したのは、テーマの演奏が始まったと思ったら、リーダーのトランペッターだったかが「あ、もとい、今のなしね、リハなしなんでこの曲の最初の決めまだ皆覚えてないんで」とやり直したり(場内爆笑)。

ワールドシリーズだったかの地元のチームがからむ野球の大事な試合があったときは、90年代当時はスマホはおろか携帯電話などなかったのでバンドメンバーのひとりがイヤホンでラジオをきいていたらしく、曲の合間に、「いま4回裏でヤンキースが1-0でリードしてます」とかアナウンスしたり。観客喝采。おいおい、おまえ聞きながら演奏してたんかぃ!と爆笑。

かなりアナーキーな雰囲気だった。野球帽やテンガロンハットをかぶったままトロンボーン吹いてる図体のでかいおやじがいたり。ビールや水割りをぐびっと飲んでたプレイヤーもいたかな。そんなゆるゆるでも、その演奏は当時のジャズシーンで恐らく最高のレベルだった。

バリトンサックスのRonnie CuberやアルトのAlex Fosterも僕がいったころよく出ていた。トランペットは、ブレッカー兄弟のランディ・ブレッカーとか、延々と(とても長い)ソロをとるLew Soloffも常連だった。ピアノのJohn Hicksとかもほかのライブハウスでは自分のトリオででていたが、このビッグバンドでもいい演奏をしていた。

しかし、このビッグバンドのホーンセクション、管楽器群、怪しげな武器をもった武装集団にも見えたっけ。

ちょっとライブハウスに早めにはいってラムコークとか飲んでいると、続々と管楽器プレーヤーたちが楽器ケースをもって到来してくる。

楽器ケースをあけておもむろにそれぞれの楽器を組み立てるのは、あたかもテロリストの狙撃手が慎重に狙撃ライフルを組み立てるかのようだった。

音がでかいトロンボーンあたりが長い筒もあるしその遠距離の狙撃ライフルだとすると、トランペットは近距離で相手を確実に仕留める小銃か。

多勢のサックスは、アルトやテナーが主力のAK47カラシニコフ自動小銃だとすると、ごっついネックが折り曲げられてあるバリトンサックスはバズーガ砲か対戦車ジャベリンミサイルか。ホーンではないが、手ぶらにみえるピアニストも、無害に見えて実はポケットに手榴弾を潜めている一番危ないテロリストだったりとか。

怪しげな男たち女たちは、それぞれ、その金属の本体をケースから取り出し、湿気防止用のパッドセイバーをひゅっと引き抜くと、ネックにマウスピースとポケットから取り出した本番用のリードを装着してリガチャーで締め上げる。それを30秒くらいで手慣れた手つきで成し遂げる。プロの殺し屋たち。

そして楽器吹くことなく、パン、パンとほぼ無音で金属のキーをひととおり動かしてパッドの調子を確かめて、そして徐にプーと一音だけ吹いてリードの調子を確認する。プロは、余計な音はださない。敵に音を聞かれて感づかれないようにという様に慎重に。

そうしてだんだんと攻撃準備が整っていって、会場の地下室が暗くなると一斉に楽器を作動させて演奏が始まる。

そんな妄想。

どひゃーんと全部の楽器がフルボリュームで音を奏でてきたとき、その音量に圧倒されてこちらは、「おおおー!きたきた!来てよかった」と思う。

初めて来て聴く人とかは、そのバーン!という音量に、へたしたら体が5センチくらい飛び跳ねて椅子からずれ落ちそうになるくらい、そのインパクトはあった。

もう、その音量と、アナーキーな不協和音を聴くだけで、すごく元気になれた。

ソロは、複雑なコード進行を、スーパーマリオが難易度高い画面をクリアするみたいに見事に響きの上のほうに複雑にはりめぐらされた隙間をすいすいと動いて、テンション音のボーナスコインを回収しながら突き進んでいく。それぞれが自分なりの技や癖や美意識があって、延々とそれを展開していく。多様で飽きさせない。

なによりも、かなり複雑な音の動きをいとも簡単にこなして進んでいく、あのプロのドライブ感はすごかった。そこには躊躇はなく、日頃の練習の積み上げで鍛えられた、思い切りのいい勢いだけがあった。元気にさせられた。

まあ、人によっては、もっとわかりやすく、ギター弾き語りかなんかで、「辛いけど~わたしは負けない~」みたいに歌詞で語りかけてくれるほうが元気付けられるのだろうけれど、人それぞれ、このアナーキーな力強さ、かなり複雑な構造の上での自由、そんなんがとても自分を元気をくれた。

これ、演歌とかロックとかを馬鹿にしているわけではなくて、唄声、歌詞という言葉が持つインパクトは凄いとは思うけれど、時に歌詞は具体的すぎて「あなたはひとりじゃないんだよ」とか言われても逆にそこに嘘があるように思えてしまう天邪鬼のような人間には、意味はないが勢いがある音量でがつんとぶっとばされたほうが元気もらえるという話か。

あのミンガスビッグバンドまだ続いているのだろうか。続いていても遠く離れてしまった今、そんな生のビッグ・バンドを聴きにいけないので、過去のミンガスバンドの録音を聴いて元気をもらっている。

ちょっとユーモラスなFables of Faubusとか、バラードの Good bye pork pie hat という意味不明(さよなら豚肉パイ帽子)の曲とか、ドラマティックなReincarnation of a lovebird もよかったなあ。

まあ、ジャズなのでその元メロディがどうというよりも、そこで展開させるアドリブが醍醐味だったりするが、よく知ったメロディーがかかってくるとそれはそれでゾクゾクする。

以上、あくまでも私的な、落ち込んだ時に元気をもらう方法の解説でした。一度試されてみてください。もしかするとはまるかもしれませんよ。■




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