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夜更かししても明日は来る

 9月30日の19時。彼女は明日から新しい会社で働く。数日前から、不安や緊張に押しつぶされそうになり、情緒不安定で、弱気になったかと思えば僕に怒ったりしていた。前日の今日はどうかと、仕事を終えて少しどきどきしながら家に帰ると、普通だった。ここまできたらやるしかない、みたいな心情なのだろうか。

「お疲れ様です、今日ワンマンドゥの餃子なんですけど、何飲みます?」
「じゃあ、レモンサワーかな」
「はーい、私は明日浮腫まないようにお酒は控えます」
「それならやめとくよ、明日は飲もう」

 気分を上げるためなのか、テーブルには彼女の好物が並んでいた。餃子のソースは、手作りしたらしいものもあって、昼間の葛藤が少し見えた気がした。本当にいいんですか〜なんて言いながら、お気に入りの無糖レモンサワーを僕の前で揺らす彼女は、ほんの少し、いつもよりゆっくり動いているように見えた。


 食事中は、やたら未来の話をしていた。色々な面で、老後まで見据えて計画を立てている僕に対し、彼女は現在を生きている。お金や仕事だけじゃなく、極端なところ、明日死ぬかもしれないからと、今日の我慢も我慢できないようなタイプだった。それなのに明日への不安は多く抱えていて、矛盾しているということに彼女自身が気付いているのかは分からないけれど、賢い彼女には、彼女なりのやり方があるのだろうと、餃子と相槌に集中した。



「あした、大丈夫ですかね」


 そろそろベッドに行こうかと最後に水を飲んでいたところで、ソファでスマホを見ていた彼女が言った。こちらからその姿は見えないけれど、きっと、スマホを見ながら言った。
「なんとかなるよ」
「うん」

「嫌だったらいつでも逃げていいよ」

 いつも勝手にがんばる彼女には、頑張れなんて背中を押すのではなく、背中に手をあてて逃げ道を示してあげる方が、優しいと思った。


「それ、お守りにしますね」
 水を飲みにきた彼女は、また浮腫を心配しながら、僕の右側に寄りかかっていた。

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