【これはとんでもない作品である】~爪切男『死にたい夜にかぎって』について
■これはとんでもない作品ではないか
<Amazonの内容紹介からの引用>
「君の笑った顔、虫の裏側に似てるよね。カナブンとかの裏側みたい」
――憧れのクラスメイトに指摘された少年は、その日を境にうまく笑えなくなった。“悲劇のようで喜劇な人生”を切なくもユーモア溢れる筆致で綴る作家・爪切男のデビュー作。出会い系サイトに生きる車椅子の女、カルト宗教を信仰する女、新宿で唾を売る女etc.
幼くして母に捨てられた少年は、さまざまな女性たちとの出会いを通じ、少しずつ笑顔を取り戻 していく。
<本文より>
私の笑顔は虫の裏側に似ている。
学校で一番可愛い女の子が言っていたのだから間違いない。生まれてすぐに母親に捨てられ、母乳の出ない祖母のおっぱいを吸って育った。
初恋の女の子は自転車泥棒で、初体験の相手は車椅子の女性だった。
初めて出来た彼女は変な宗教を信仰しているヤリマンで、とにかくエロかった。
そして今、震度四強で揺れる大地の上で人生最愛の女にフラれている最中だ。部屋の窓から鋭角に差し込む朝の光を浴びた彼女が、ヤジロベエのようにゆらゆらと揺れている
■はじまりはスナック掟ポルシェだった
作者の爪切男さんとは毎月一回高円寺で開催される掟ポルシェさん主宰の『スナック掟ポルシェ』というイベントで初めてお会いしたのがそもそもの始まりだった。爪さんの風貌自体も非常に魅力的で人を惹きつけるものがあったけど、特に惹きつけるものがあったのが、着ていたTシャツだった。
おとこの口紅
それを見て「いいデザインですね!」と声をかけたのが話すきっかけだったと記憶している。Tシャツ自体のデザイン的にも素晴らしかったのだが、その漫画自体が「ずっと気になっていた漫画」で、普段よく利用している『復刊ドットコム』で紹介されててギリギリ買うか買うまいか悩んでいた作品だったからだ。(その後すぐにポチって、爪さんが着ていたTシャツも購入した)
年が近いということもあるけど、ソフトバレエが好きだったり、プロレスが好きだったり、好きなゲームが同じだったり、美味いものではなく不味いものに興味を示したり、とにかく話して驚くぐらい共通項が多かった。だからこそ、『死にたい夜にかぎって』を読んでもわかる!と思うことが多かった。
■読んでみてわかる「わかる!」の連続
そう。『死にたい夜にかぎって』を読んでわかる!の連続だった。
そして、とにかく読んでいてわかる異常なほどの臨場感に圧倒された。
学校のマドンナに屋上に密かに呼び出されて毎日ビンタをされていたことや車いすの女性との初体験のこと・・・等々
まるで自分もその場にいるような錯覚におちいる。
爪少年が屋上で学校のマドンナからビンタされているところは、家政婦は見た!の市原悦子がするような「アレマ!」という表情で恐る恐る読み進めたし、冬木似な車いすの女性との初体験では、主人公爪青年の緊張感と困惑がダイレクトに伝わってくるようで、さらにその女性のおっぱいの感触や匂いがリアルに伝わってくるような感覚におちいる。年甲斐もなくドキドキさせられた。
スパルタな父親との会話、6年間をともに過ごしたパートナーであるアスカさんとの生活、テレクラで出会った女性、新聞配達の紺野さん、編集長としラッパーたちを見る目、そのすべてが暖かく優しい。そしてそのどれもが、同じ場所に自分もいる感覚になっている。
■家庭環境や同棲生活が自身とダブる・・・
わかる!のは爪さんの家庭環境や生活環境も、だった。
文中の爪さんは母親だったが自分は父親がいなくなった。小学校低学年のころはよく遊びにも連れていってもらった記憶があるものの、高学年になるころにはもう家には帰ってこなくなっていた。片親、家が貧乏であるところも共感してしまう部分だ。しかし貧乏とは決してデメリットな部分だけではない。貧乏で楽しめることもある。それをプラスへと転じる強さを改めて教えてもらえたし、わかる、と思わず頷いてしまう。(鼻血を出す遊びは奇抜すぎて笑ってしまったけど)
そして、最愛の彼女であるアスカさん。彼女に別れを告げられて、しかし仕事の都合で1か月半の間、住まわせてあげるという優しさ。読んでいてそれが余計に切ない。
「私、恋をしているの」と言われ、着替えるときはベランダに出され、風呂の湯の共用を拒否されたりする場面
ここは読んでいて本当に切なかった。そして涙した。
自分の場合も同棲していた彼女と似たような経験をしたからだ。
名古屋の実家に帰る新幹線。品川駅のホームまで送っていく場面なんかもう涙涙ですよ。お互いあんなに好きあって一緒に暮らしていたはずだったのに、結局ヨリを戻せるんじゃないかという『淡い期待』も打ち砕かれ、もう二度と戻れない日々をまざまざと眼前に突き付けられているわけで。
でも、それでも変わらず、その場面ですらそれまでと変わらない優しさ出せる人って世の中にいるようで全然いない。男らしいしカッコいいと心底思う。そしてそのような相手を選んだアスカさんにもカッコいいと思った。
■繰り返しになりますがこの本はすごい作品
様々な私小説を読んだが、セックスやオナニーなど、ついつい避けたり、ボカしたりしがちな部分を真正面から、淡々と書いてあって素晴らしい。だからこそリアルにあふれ、まるでその場に自分もいるかのような感覚になるのだ。
生きている。実際にこの本の登場人物は本当に生きていて、瑞々しさがあふれている。生命力の強さがハンパなく、養殖ではない天然ものならではの『力強さ』にあふれている。鮮度が抜群で活きがいい素材の良さを引き出す和の鉄人道場六三郎という風格すらある。(意味不明)
全編を通じて感じたのは、まったく揺るがない爪切男さんの人を見る目の暖かさ、優しさに他ならない。
そして面白いことを呼びよせてしまう?特異な体質(失礼)なのか、事実は小説よりも奇なりを地でいくとんでもない人たちの想像の上を行く奇行。それをガシッ!と受け止めてる度量、文章へと昇華させる技は本当にすごい。これは受けの達人、外道もかくや、である。
そしてそして、『死にたい夜にかぎって』は、ただでさえ面白く素晴らしい作品だが、もしあなたがプロレスを好きなら、さらに楽しめることだろう。
エメラルド・フロウジョン
※参考動画
もし、すでに読まれた方で「おれプロレスあんまり興味なくていまいちピンとこない」あなた!これだけでも覚えてから改めて本編を読み返せばさらに楽しめること請け合い!
そして「なんか話題の本のコーナーにあったからとりあえず買ってみた。今度ドラマにもなるんでしょ?」と軽い気持ちで手に取られた方にも、これから新たに読もうとする方にも、声を大にしていいたい。
読んで絶対にソンはないです。
それだけ書いて終わりにしたいと思います。ありがとうございました。
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