映画監督

 彼は恋愛映画を撮り、世界的な映画祭でグランプリを獲得した映画監督だった。

 彼は次に撮る作品は自分自身の一生をテーマにすることに決めた。自分自身の一生を映画にするなら、上映時間30秒で収まる映画を創れると思った。その自信はあった。彼はそれを証明するために自伝映画を撮り始めた。

 撮影は時間の経過に沿って、過去から現在の順に進められていった。

 鏡に映った自分と3時間じゃんけんをしていた5才のシーン
 コーチとのいざこざでサッカーを辞めた9才のシーン
 成績が悪くて高校を辞めた15才のシーン
 桜子に振られた16才のシーン
 映画『めがねせんべえ』に衝撃を受けて、映画監督になることを誓った17才のシーン
 ブレンダに振られた19才のシーン
 マル子と恋に落ちた24才のシーン
 映画『○子』で監督デビューを飾った28才のシーン
 映画『○子2』が映画祭でグランプリを獲得した33才のシーン
 マル子に振られた34才のシーン

 撮影は着々と進んでいった。そして「自分自身の一生を映画にするなら、上映時間30秒で収まる映画を創れる」と思い、自伝映画を撮ることを決心したシーンを撮り、現在までのシーンを撮り終えた。次は現在から死までの未来のシーンの撮影だったが、彼は自分の人生のまだ見ぬ未来のシーンを撮ることに迷いはなかった。
「俺は自分の未来に予感がある。それを映像にすれば自伝映画は完成する。完成したものは必ず30秒で収まるだろう」
 彼は予感に従い撮影を進めた。
「俺はきっとこういう死に方をする」
 こうして己の死のシーンまで撮り終え、映画『映画監督』は完成した。

 彼は完成した『映画監督』に絶望した。それは30秒で収まっていなかった。2時間30分にもなっていた。
「信じられない。30秒で収まらないなんて。2時間30分にもなってしまうなんて」
 彼は自信が打ち砕かれた。
「俺には映画の才能なんてなかったんだ。もうこれしかない」
 彼は隠し持っていた薬を飲み、その生涯に幕を閉じた。

 その後、映画館では『映画監督』が上映された。

 鏡に映った自分と3時間じゃんけんをしていた5才のシーン
「じゃんけんぽん。あいこでしょ、あいこでしょ、あいこでしょ、あいこでしょ……ぜんぜん決着がつかない。この人間とじゃんけんをしてもぜんぜん決着がつかない」

 コーチとのいざこざでサッカーを辞めた9才のシーン
「ちくしょう。ハットトリック宣言したのにシュートすら撃てない。やはりポジションがゴールキーパーじゃダメだ。この監督の下ではやってられない。サッカーを辞めよう。俺は浦和レッズの監督にはなれない」

 成績が悪くて高校を辞めた15才のシーン
「このテスト難しい。歴代総理大臣の名前が一人も分からない。浦和レッズの歴代監督なら全員分かるのに。森、横山、オジェック……今回も赤点ならもう高校を辞めるしかない」

 桜子に振られた16才のシーン
「桜子……むしろこっちが振りたかったよ」

 映画『めがねせんべえ』に衝撃を受けて、映画監督になることを誓った17才のシーン
「この『めがねせんべい』という映画、ぜんぜんおもしろくない。こんなのでいいなら俺でも映画監督になれる」

 ブレンダに振られた19才のシーン
「ブレンダ……むしろこっちが振りたかったよ」

 マル子と恋に落ちた24才のシーン
「マル子……やっと運命の人に出会えた」

 映画『○子』で監督デビューを飾った28才のシーン
「初めての映画『○子』が完成した。この映画はマル子に捧げるよ」

 映画『○子2』が映画祭でグランプリを獲得した33才のシーン
「ついに映画祭でグランプリを獲得した。でもこの『○子2』はグランプリを獲得するために創ったのではない。マル子のために創ったんだ」

 マル子に振られた34才のシーン
「マル子……むしろこっちが振りたかったよ」

「マル子に振られては生きていけない……」

「自分自身の一生を映画にするなら、上映時間30秒で収まる映画を創れる」
「俺は自分の未来に予感がある。それを映像にすればいい」
「俺はきっとこういう死に方をするだろう」
「信じられない。30秒で収まらないなんて。2時間30分にもなってしまうなんて」
「俺には映画の才能なんてなかったんだ。もうこれしかない」
 主人公は隠し持っていた薬を飲み、その一生に幕を閉じた。

 そして映画は2時間30分を迎えた。

#小説 #ショートショート

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