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MAMORIOという紛失防止IoTスタートアップでCOOをやってた話。

あとで推敲しますw


皆様、こんばんはMAMORIOの泉水です。

14,000字の長文になってしまったので、本題に入る前にこの記事の概要を先に書いておきます。

・9月末でMAMORIOのCOOやめます
・8〜9月はニート&職探し
・MAMORIOの思い出(長文)
・スタートアップは結局ビジョンが一番大事だと思うって話


少し早めのご報告です。

2020年9月末を以て2016年から続けてきたMAMORIOの取締役COO職を退任することに決めました。


24歳でMAMORIOと出会って5年目。30歳になる今年、大きな決断をしました。
一足先に7月末を以て非常勤へと切り替えており8月以降ほぼ出社する予定はありません。

これまでお世話になった多くの皆様には在職中のご厚意に深く感謝いたします。本当にありがとうございました。

富士ゼロックスを退職した時とは違い次のキャリアは未確定です。
それなりの徳と経験を積んできたつもりなので、仕事ください。

入社の経緯は件の4年前の記事に譲るとして、僕はその文章を下記の通り締めました。

もしかしたら、来年には会社が無いかもしれない。そしたらやっぱり残っておけばよかったとなるかもしれない。
とにかくまずは、後に振り返った時に今回の選択が正解だったと思えるように、頑張っていきたいと思います。

2016年の僕へ。

君のこの選択は間違いなく正解で、僕の人生を大きく変えるものだった。
多くの挫折を味わいながらも、多くの素晴らしい仲間と出会い、成長し、刺激的な日々を過ごし、メディアに出ることも増え、家族も大いに喜んでいたよ。

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スタートアップらしく新婚時代を会社で過ごしたせいで家庭を失ったが、そんなことは今は置いておきます。(※婚活中です)

せっかくなので僕のCOO生活の中で特に色濃い思い出となっている出来事を抜粋して記していこうと思う。

そもそも普通の営業マンだった僕がどんな役割を果たしていたのか?
そして今の僕が辿り着いたスタートアップCOOの役割とは何か?

スタートアップのCOOになるとこんなに楽しいことがあるんだって伝わるといいな。#COOになれ

コーポレート的なことは書いていいことがあまりなかったので主にBiz Dev目線になります。

※途中は伝記みたいなものなので、MAMORIOの歴史に興味がない方は途中飛ばしてください。

僕のMAMORIO年表
2012年 BLEを活用した紛失防止タグについての論文を書く(卒論テーマはIoT)
2013年 富士ゼロックス入社。 紛失防止事業を社内の新規事業アイデア募集に提出。あっさり却下される。
2015年 MAMORIOをクラウドファンディングしていた落し物ドットコムCEOの増木に出会う。
その日のうちに意気投合し新御徒町のからあげ屋で語り明かす。
2016年4月 正式にジョイン(秋葉原オフィスに引っ越し&社名変更)
2016年7月 試用期間をパスしCOOに昇格
2020年8月 現職のまま非常勤へ
2020年9月(予定)任期満了につき退任、顧問的な何かへ

①入社2日目のこと

写真:MAMORIO初出社。僕だけスーツだった。
スタートアップっぽくない。

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僕はMAMORIO社にとって初めての営業系人材である。
アライアンスマネージャー(ただしマネジメントする相手はいない)という謎の役職をもらい、社内にリソースが無いのであれば社外だな!と、とにかくアライアンスを組んで事業を伸ばすことにした。

入社2日目に、発売したばかりのこのBluetoothデバイスをアライアンスによってどこまでレバレッジを効かせられるか考えた。

クオリティの低さがこっ恥ずかしいが当時のメモ書きを一部覗いてみよう。

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ほうほう。2日目にしてこのビジネスのキモは実はBtoCじゃないことに気付いたようだ。
そもそもBtoBのストックビジネス出身なので思考回路が完全そっちでした。

そう宣言する割に一時期BtoC比率9割超えてたけどな。

そして意識していたのが顧客接点部門として、一番情報が集まる所にいるので、製品へのフィードバックをなるだけ早くしていくこと。
嫌われようがなんだろうが顧客第一。

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上部の提携テーマ×関係性×難易度が何を言ってるかよくわからん笑

1~4は、今のMAMORIOのBiz Devの事業構成や製品とほぼ合致する。

①MAMORIO Inside
②MAMORIO Spot
③MAMORIO Disney Collection、SHIBAMORIO、MAMORIO NEONなど
④リテール事業&MAMORIO Biz事業

なんでこれやるの?って話が続いていく。各章から1枚ずつ。

MAMORIO Inside画像5


当時まだ自社サイトでしか売ってなかったので販路を作りたかったけど、販路開拓のやり方わからないから、財布メーカーさん達にMAMORIOごと売ってもらえ!って思ったんだよね。

やっとMAMORIOのプレゼンスが上がってきたこともあって最近好調です。

MAMORIO Spot

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この段階で強く意識していたのは、Gatewayで面を取っていかにオープンなプラットフォームにするか&継続的な収益が見込めるレンタルモデルの構築だった。

レンタルモデル化には成功したものの、オープン化には失敗した。
普通にみんな競合してきちゃってうちのGatewayに乗ってくれなかったんで

すよね。
そして思ったよりBLEでそこまでやるプレーヤーが増えなかった。

リテール事業

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まだD2Cとかが騒がれる前だったこともあり、リテールにはかなり力を入れるつもりであった。
当時、海外にはChipolo、Wistiki、TrackR、そしてTileといった競合がおり、いつか日本に来ると思っていたのでそれまでに逃げ切るつもりだった。(Tile以外からは逃げ切ったと思う)

それとMAMORIOをただのiBeaconとして売っちゃえ!っていう構想もあったのだけど、これはあまりうまく行かなかった。
iBeaconの需要自体はそこまで伸びなかったんです。笑

結果的にMAMORIOは国内で最もiBeaconを販売している事業者の一つになる。

MAMORIO Biz

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知る限りMAMORIO Bizという単語が登場する最古の資料。
MAMORIO Bizの名称はこの後、カンパニーモード、MAMORIO OFFICEなど命名に紆余曲折ありながら2019年に正式に商品名として採用されます。


ご覧の通り、本当に走り書き程度の資料でそれぞれの数値目標なんてここに公開していないページを見てもどこにも出てこない。

当時の僕らにとっては全て夢物語だったから。

しかしながら、ここで書いたことをひたすら実現するのがこの数年間でもあって、そういう意味でBiz Devの始まりの資料でした。

②KDDI∞LABOをきっかけにオープンイノベーション文脈に乗りまくる

入社から数日後、僕はCEO,CTOと共にKDDI∞LABOというアクセラレーションプログラムの面接の場にいた。
数日後、合格し、多くの大企業の新規事業担当者や偉い人と出会うことになる。

これはKDDI∞LABOのパートナー企業連合の一覧だ(当時はもう少し少ない)。

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これだけの企業のイケてる人達に「スタートアップ!オープンイノベーション!」と叫びながら無理難題を言いたい放題しても怒られない素晴らしい場だった。笑

本当にお世話になったんです。

実際にMAMORIO Biz、MAMORIO Inside、MAMORIO SpotといったMAMORIOの主要事業の原型がこのプログラムから生まれた。

そしてこの半年間のプログラムで僕のファイトスタイルが確立していく。


オープンイノベーションの掛け声の下にひたすら大企業と提携をし、ニュースを量産することで信頼感を創出、メディア露出を繰り返すことで引き合いと売上を伸ばし、会社の価値を上げていくというスタイルだ。

期間中に手がけた案件たち。
JAL、テレ朝、東急、パルコと名だたる企業とのニュースが並ぶ。
大企業は広報が強いのでおまけで新聞やテレビなど様々なメディア取材が来る。

会社が有名になることで売上も伸びる、採用にもプラス、実績が豊富になればファイナンスにも有利ということでひたすらやり続けたのだった。

尚、DemodayではCEO増木のプレゼンでオーディエンス賞を勝ち取った。

その後、アクセラレーションプログラムでは日本郵便・相鉄・高島屋・東京都・INCF・その他様々な場で受賞を重ねることができた。

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③MAMORIO、ついに店頭に並ぶ

実はMAMORIOは発売から1年間、直販チャネルのみの展開だった。

正確にはこの間に当時原宿にあったガジェット専門店や渋谷LOFTの一角で売ってみるようなテストは僕も行っていたが、本当に小規模なものだった。

JANコードは?」と言われて冷や汗をかいたことも。
そうか、お店で売るならバーコード必要だもんなーとそこで気づく。笑

それはさておき、小売展開していないのには、当時の設計に理由があった。

今のMAMORIOは絶縁シートが入っていることによってユーザーがそれを引き抜いたところから電池消費をスタートするが、初代のMAMORIO(MAM-001)にはこの機構がなかった故に製造した瞬間から電池消費する、ナマモノのような商品だった。笑

店に並んでる間も着々と「死」に向かってしまう代物だったわけだ。

だから鮮度第一で作ったそばから顧客に発送するしかない。笑

発売から1年後の2016年12月に設計変更を施し、絶縁機構が入った第2世代MAMORIOが誕生する。これで弊社は「在庫」を持つことが出来るようになった。(その後在庫に苦しむことにもなるが、ここには書かない)

折しもそのタイミングでAmazon Launchpadという、当時のAmazonがスタートアップ商品だけを集めた専門ストアを作るという話が舞い込んできた。
国内にはクラウドファンディング止まりのIoTスタートアップが沢山いたこともあり、そこそこ話題を作っていたMAMORIOにローンチプロダクトとしての白羽の矢が立った。

サイトのローンチは2017年1月18日。話をもらって1ヶ月ほどの猶予があった。

そこで僕は株主に協力頂き、前々から興味を示してくださったヨドバシカメラさんにコンタクトを取った。

僕「ついに店頭販売出来る新型のMAMORIOが完成しました。1/18に発売したいのです。」

ヨドバシ「当初購入出来る販路は?」

僕「1/18にAmazonと自社サイトで展開予定です。」

ヨドバシ「他量販店は?」

僕「複数社交渉中です。」

ヨドバシ「これほど面白い商品、時間がないがヨドバシカメラが全力でバックアップする。Amazonより早く発売し、そしてしばらく家電量販店独占させてください。初回発注数量はXXXXX個でどうでしょう!」

僕「喜んで!」

2017年1月13日、ヨドバシカメラ全店に紛失防止コーナーが設けられてそこにMAMORIOが並ぶことになる。
スタートアップの製品としては異例の展開だった。

その後、現在では1,000を大きく超えて取り扱い店舗が増えました!

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さらに1月18日にはAmazon Launchpadが発表。
Amazonの2017年最初の大型記者会見だったこともあり、その様子は各社のテレビで報道され、MAMORIOはAmazonとヨドバシカメラでの販売をきっかけにかつてない加速を見せることになる。

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④MAMORIO Spot置くマン

長いことMAMORIO Spot置くマンを名乗ってMAMORIO Spotの拡販をライフワークのように続けてきた。

MAMORIO Spotとは、MAMORIOが誇る世界最大の遺失物発見IoTプラットフォームである。

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日本の鉄道・バス会社700路線以上を網羅する他、六本木ヒルズや西武ドームなど様々な観光・商業施設にも設置されるプラットフォームだが、その実態は各企業にIoTゲートウェイと呼ばれる機器をレンタルし、遺失物センターに置いていただくものである。

上述の記事の通り世界初の設置場所はテレビ朝日、鉄道会社としては東急電鉄が世界初。
東急さんはKDDI∞LABOと東急アクセラレータープログラム(TAP)のあわせ技で加藤さんという東急のプリンスと呼ばれるイケメンがなんとかしてくれたことで実現したのだが、同時並行で当たっていた鉄道各社にはオープンイノベーションの波がまだ来ていない上に、鉄道会社側にはMAMORIOの普及前にはメリットがほとんど無かったので、とても苦労した。

考えてみてほしい、従業員数名のよくわからんベンチャーがこないだ発売した紛失防止タグとかいう製品があって、いきなり25くらいの若造が「なくすを、なくす!」と叫びながら飛び込みで訪問してきて開口一番「MAMORIOのアンテナ置いてくれ」と言い始めるのだ。誰が相手にするのか。

鉄道「どこで売ってるの?」
僕「MAMORIOストアです」
鉄道「(どこやねん・・・)」
鉄道「うちの沿線には何人ユーザーがいるの?」
僕「300人くらいいるんじゃないでしょうか?これから増えます!」
鉄道「(このアンテナが役に立つの、300人のうち何人いるんだか・・・)」

ただ、日本の遺失物の多くが鉄道会社の遺失物センターに届けられることを知っている僕は、何が何でも普及させないといけないと思っていた。

一気に普及させるためには、遺失物対応に力を入れていて、鉄道各社から注目されている某地下鉄事業者への導入をいかに早く出来るかがキーだった。

その会社の顧客サービス担当者には以前、某社のツテで会いに行ったが、「忙しいから2分だけ時間やるよ」と言われ、塩対応で撃沈したのであった。

そこで僕は別の人に会うべく朝駆け作戦に懸けることにした。

MAMORIO社の始業時間は世間より少し遅く10時である。

そして某鉄道会社は9時前後が始業で多くの社員が8時〜8時40分頃に出社する。
なので毎朝7時半にその会社の前に行き、ひたすら挨拶と共に名刺を配り続けた。「僕らスタートアップなんです。ユーザーにとってプラスになるサービスがあるんですが、話を聞いてくれる人を探しています」と言いながら。

一通り挨拶を終わると、10時に間に合うようにオフィスに向かう。そんな毎日だった。

そんなことを1ヶ月くらいしていると、一通のメールが届いた。
近々その会社のアクセラレータープログラムが開催されるという内容だ。
なんと名刺を渡した一人がその担当だったらしく、「根性あるね」ということで教えてくれたのだった。

そこからは「なんか面白い奴がいる」ということで人が人を紹介してくれて、関東の地下鉄、大手私鉄全社に芋づる式に導入が決まったのであった。


芋づる式というのは、「○○社もMAMORIO Spotを導入するらしい」という噂が流れることで各社横並びで動いてくれたということだ。
狙い通りではあったが、まさかここまで上手くいくとは思っていなかった。

2017年6月~8月は人生でもっとも忙しい期間でした。
毎日プレスリリース、広報調整、MAMORIO Spotの設置関連の調整、各駅への周知などを行っていました。

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⑤海外に夢を馳せる

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2017年は年始に数億円の資金調達を終え、販売もMAMORIO Spot設置もドンドン決まるなどイケイケの年だった。

お陰でJETROさんからお声がけを頂いての海外出展などが多く実施された。

この年の夏に行われたサンフランシスコでのTechCrunchが初めての海外出張だった。
ディレクターとCTOと一緒に当時噂には聞いていたがまだ国内には来ていない、UberやFord Go Bike(シェアサイクル)を体験し、感動。
TechCrunch会場では、海外ドラマのシリコンバレーの舞台に自分たちがいるという事実に胸を踊らせた。

色々な場所に行ったが、個人的にテンションが最高潮だったのはラスベガスのCESとバルセロナのMWCへの出展だ。

CESといえば世界最大の家電ショーとして名高く、僕にとってはガジェットオタクになった中学生くらいから憧れの的だった。
世界最大の通信見本市であるMWCも同様である。
そこにMAMORIOが自力で出展を果たし、ついに海外に打って出るなんて…!

MAMORIOの海外進出は当時、ニュースにもなった。

結局2018年には色々と冷静にビジネス的な判断をした結果、「ちょっと海外で利益出せるようになるには時間かかりそうね」ということで保留になったのだが、決して意味がなかったわけではない。

これらの出張を通して、海外の競合企業のCEOやCTOとのパイプが出来たからだ。

特にTrackRのChrisとChipoloのZelensekとBratekとは何度か会ううちに仲良くなって、オフィスに遊びに来てもらって、一緒に共通の敵について語り合ったり、お互いの開発中の新製品を見せあってフィードバックしたり、原価の下げ方について教えてもらったりと意見交換を続けた。

彼らとはこの市場を作る仲間として出会えて良かったと思っている。

⑥初めての部下と組織づくり

渡邊くんというBiz Devのメンバーがいる。僕の右腕であり、出会った頃は大学生だった男だ。

後のインタビューでこんなことを言ってくれてるのですが、彼が新卒でMAMORIOに入社したい、だからそれまでインターンさせて欲しいと面接に来た時、正直僕は彼を雇い入れることに難色を示していたんですね。

渡邊が面接官として出会ったのは、現在彼の上司であるCOOの泉水。その当時の印象を彼は振り返ります。
「若いことに驚きました。僕とほとんど年齢が変わらない。一方で、話していて瞬時に“この人は賢い”と感じました。泉水は、僕の人生で出会った中でも3本の指に入る尊敬する人です。今も良き先輩として慕っていますし、同時にいつか勝ちたいと思う良きライバルでもあります」

当時僕は一人でBiz Devを回していて、めちゃくちゃ忙しい。手取り足取り育てる暇はない。
大型の資金調達前であり、残キャッシュから見ても彼が新卒で入ってくる2017年4月まで会社が生き残ってるかも正直まだわからない状態だったからだ。

それに僕が新卒で超研修の手厚い大企業に入り、手取り足取り先輩たちに育ててもらったことを思うと、新卒を育てきるほどのリソースは無いと。

中途ならともかく、大事な社会人人生の一歩目がMAMORIOなんかでいいのかと。

ただ結局増木CEOの「まあ、面白い子だし、お金もなんとかなるよ。それに部下持ったほうが泉水さんにとってもいいよ」という話を聞いて、渋々(笑)承諾した。

入ってしまえば、雑用とか手伝ってもらいながら色々な案件に連れ回していた。
彼は学ぶ姿勢が物凄くて、あまりの気迫に彼に恥ずかしくないようにもっとデカい案件取らなきゃ、勉強になるような商談運びをしなきゃ、と使命感が湧いてくるほど。
1年も経てば、彼なしでは仕事ができない身体になっていた。

実際に正式入社から1年以内にリテール事業部長を任せることにした。

余談だが、あるビジネスコンテストで優勝した時に数十万の賞金が出たことがあった。
これは渡邊くんと二人っきりで取ってきた金だからってことで、入社祝いだ!これでスーツでも買え!って、賞金の半分くらいを山分けして、残りを他の社員全員に寿司奢ることでお茶を濁したことがあったことを告白しておこう。笑


その後も、僕のスキルをガンガン吸収しながら、更に僕が出来ないこと(デザインやコーディング等)まで出来るよう成長を続けた渡邊くんはあっという間に会社の売上の多くを稼ぎ出すほどの人材に育った。

これに味をしめたわけではないが、その後、当社の新卒は僕の下で育てる流れが出来た。

彼らの成長していく姿を見るのは楽しかったし、何色にも染まってない上にわざわざMAMORIOに入るくらいのモチベーションの高さがあるのでどんどん独自の成長をしていって結果会社にとっても大きくプラスになる。

そしてMAMORIO社のBiz Devは結果的に新卒メンバーが一番バリュー出してたりするのである。

僕にとっての一番の変化は、組織作りが楽しくなってきたことでマネジメントとしての意識が芽生えたことであった。
一人でやるよりずっとよく回るし、僕も新規事業や人脈を活かしたアライアンスに特化出来るなど良いことばかりだった。

大型の受注が決まると焼き肉をメンバーに自腹で奢る謎文化もできた。笑

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⑦新製品発表会

MAMORIOはコンシューマー向け製品を作っている会社なので、年に1回程度主力商品のモデルチェンジや新機種追加を行う。

特に製品として思い入れが深いのは、2018年に発売した世界初のシール型紛失防止デバイスのMAMORIO FUDAである。

FUDAへの熱い思いは下記のインタビューをご覧頂ければと思いますが、この時、初めてブロガーさんやコアなMAMORIOユーザーさんを秋葉原オフィスに招いて発表&体験会を行った。

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※MAMORIO FUDAは日経優秀製品・サービス賞の最優秀賞を得る快挙を達成した。

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そして、その翌年には規模を拡大し、MAMORIO STORIES 2019と名を改め、MAMORIOの描くストーリーと新機種、新機能、新サービスを深く理解してもらう場になった。
会場は東京ミッドタウン日比谷BASE Q。
三井不動産の光村さんに頼み込んで予算内で会場を貸して頂いたことで実現した。

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会場は決まったものの、その後がまた大変であった。
ディレクションの多くは他のメンバーがやってくれたのだが、僕の役割はプレゼンと集客。そしてコンテンツを決めていくこと。

当日のコンテンツの中に、東急電鉄、Osaka Metro、京阪電鉄との提携発表というものがあった。

アライアンスは僕がフロントに立って進めていたのだが、当初MAMORIO STORIES内で発表するつもりも無かった。

だからMAMORIO SOTRIESに発表が間に合えばプレゼンでちょこっと触れるかくらいに思っていた。
そもそもこの3社は基本的に別々の所から提携話が始まっていたので連携しているわけでもない。
足並み揃えるにしてもMAMORIO STORIES開催まで1ヶ月を切っているから無理だ。

そう思っていたのだが、ARを使った「カメラで探す」という目玉機能の開発が遅れ、当日に発表出来るレベルに仕上がるかわからないという情報が入ってきた。

そこで、鉄道各社に無理を言って、発表日を同日にすることを急遽決定。
似たようなプレスリリースが1日に3本出るが仕方ない。
各社広報さんごめん!って感じで無理やり調整し、登壇まで頂いてなんとか体裁を保ちました。

蓋を開けてみればARも間に合い、新機種も好評で良かったのだけど、提携もギリギリ、プレゼン内容もギリギリまで決められなかったのでとてもストレスがかかった。リアルな発表会はもうやりたくない。笑

だって、リアルな発表会は後ろにずらしたり出来ないんだもの。

でも、こうしてMAMORIOにリアルイベントを開催するだけの集客力がついたことを確認出来、発表後のメディアの取り上げられ方からみても、発表会の重要性に気付いたという意味でもとてもいい思い出になったのである。

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今年はコロナということもあり、Youtube Live上でMAOMORIO STORIES2020を行った。
ライブ配信ならではの大変さはあったが、リアルな場よりはずっと楽だし、1ヶ月分の目標数量が1日で売り切れるなど大好評であった。

何より、ほとんど僕一人でプレゼン作って、集客して、機材集めてセッティングして、配信して…って出来てしまった。
お金もほとんどかからない。
ROIが非常に高いので今後はこれが主になりそうだ。

ご覧になりたい方は下記からどうぞ!

第一部 紛失のお話、会社概要
https://youtu.be/Z8DNucfbiDg?t=64
第二部 製品紹介
https://youtu.be/Z8DNucfbiDg?t=717
第三部 MAMORIO NEON
https://youtu.be/Z8DNucfbiDg?t=717
第四部 MAMORIO RE
https://t.co/GwpivozjMq

⑧涙が出るほどの喜び

某最大手鉄道事業者さんでのMAMORIO Spotの設置は、長いの年月がかかったこともありとても思い出深い。

2016年夏。初コンタクト、門前払いを食らう。
2回目、東急電鉄でのSpot設置後。国内最大の私鉄が導入したんです!実績あります!という感じで行ったものの、色んな意味で私鉄とは規模が違うという理由でNG。
3回目、とあるパートナーさんと一緒に本社ビルを上から下まで回りまくる。この時期に通いまくったお陰でこの会社の各フロアの喫煙所の場所を把握する。
4回目、この会社のアクセラに応募する。提案自体は過去自分たちが各社とやってきた二番煎じだったので落ちる。

そうこうしているうちに2年が経ち、気付けば関東大手私鉄は全社導入という状態に。

手詰まり感があった中、黒船来航で事態が急速に動き始める。

ある競合企業が、政治力を使って類似サービスの提案を行ったのである。

検討部門から「本格検討を開始するので、もう一度提案に来てください」と連絡が届く。

こちとら何年遺失物のことやってると思ってるんじゃい!政治力に負けてたまるか!と一念発起。

全力のプレゼンを行う


担当者の方が「泉水さんほど遺失物の現状と戦ってきた方もいらっしゃいませんもんね…」と零す。

数週間後。

渡邊くんと商談前に御徒町を歩いていると、電話が鳴った。

「おめでとうございます!MAMORIOさんで行くことに決めました!!」

電話を切った後、手足と身体の震えが止まらなかった。

チャレンジして玉砕して、実績を作ってチャレンジして、玉砕して。を繰り返した日々がフラッシュバックし、目が潤んだ。

「やべー、武者震いってこれなんだな。初めて経験したわ」

そこから長い長い実証実験を経て、安全性と有効性が確認出来たことで晴れて記者発表となりました。
担当者の方とは本当に長いお付き合いになりました。ありがとうございます。

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⑨製品名とキャッチコピーを決める

MAMORIOのコピーライティングや訴求ポイント、製品名の発案は僕とCEOが中心になることが多い。
多分社内でも特にコトバのチカラを強く信じているタイプだからだと思う。

これらはいつも製品ローンチのギリギリに決まる事が多い。
つまり後付けといえば後付けになるのだが、正しくは想いを言語化出来ていない状態がギリギリまで続いてるのだ。


初代のMAMORIOも、製品名はギリギリまで「Tag(タグ)」という名前だったわけで。笑

さて、直接的に僕が名前を付けたプロダクトの一つにシール型のMAMORIO FUDA(フューダ)がある。
さっき思い入れがあると書いたアレだ。

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この名前、字面から「おフダ」を想起させながらも、語感は先進的な響き、さらにFuture Days(いつかやってくる日常)など色んな意味が込められているわけだが、これも本当にギリギリまで決定しなかった。

そもそも、PETAとかPITAとかが有力だったのだ。

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決定プロセスはこんな感じだ。

①思いついた名前を発案者がストーリー仕立てでプレゼン
②投票で絞り込み
③商標を取られていないか、検索性は高いか、多言語で卑猥だったり差別的な意味はないかなどのチェック
④最終会議

ネーミングが決まると、僕は本格的にプレスリリースの作成と発表会準備に取り掛かるのだが、名前議論が深ければ深いほどストーリーの肉付けがしやすくなり筆がノッてくる。

そういう意味では最も難産であり、自分が発案したFUDAは最も筆がノッたプロダクトである。

未だに「フダ」と呼ばれてしまうことが多いので、もしかしたらあまり良くなかったのかもしれないがw

なにはともあれ、そうやって生み出された製品が話題になったり、皆さんの手元で動いている姿を見られるのはIoTスタートアップの醍醐味である。

⑩最も嬉しかったメール

ある時、ずっとMAMORIOと戦ってくれたパートナーさんが、大人の事情が重なり、取引の一時停止と先方の異動が決まってしまった。
本当に思いだけでやってた僕らに的確なアドバイスをくれた戦友とも言うべき方で、一時期は当社最大の取引先だった会社だ。

その方と最後の仕事をした後に飲みに行き、受け取ったメールが人生で一番嬉しいメールとなった。
仕事の関係を超えてMAMORIOをここまで愛してくれる人を作れたこと。

泉水さま 渡邊さま

いつも大変お世話になっております。
○○です。本日は、ありがとうございました!

お二人に出会えたことは、私の人生においてかけがえのない財産です。MAMORIOは、物理的な忘れものを探す唯一無二の素晴らしい製品で、
私に感動を与えてくれました。
こんなに心から、ワクワクを感じられた商品は本当にいつ以来だろうと。

泉水さんと渡邊さんは、私の中で忘れかけていたやる気スイッチを
押していただいた恩人です。
泉水さんの圧倒的な知識と、絶対的な製品に対する情熱と安心感は、
営業として本当に尊敬いたします。
間違いなく泉水さんは、自然型かつ点火型のリーダーであり、その
リーダーシップが渡邊さんが尊敬する所以であると再認識しました。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20090721/200471/?ST=smart
また、無意識有能レベルにある泉水さんを作り上げているレシピは、
欠かさず確認するウィキペディアという一つのネタの話にも納得。

人からすると、頑張る状態というものが、当たり前の状態に昇華。
私が愛読していたバイブル、横山信弘氏の絶対達成マインドそのもの。
https://diamond.jp/articles/amp/27059?display=b
本当に尊敬いたします。

渡邊さんの何事にも誠実で、何より謙虚な姿勢、細やかな対応は、
現場メンバー共々感謝いたします。

電話ラッシュや、同種の素人質問の繰り返しなどにも、
嫌な顔せずにご対応をいただけたこと、本当に感謝以外ありません。

また、本日の話にありましたが、核となる信念(念い)を持って仕事を
される姿勢に、本日も激しく刺激をいただき、感謝しております。

泉水さん、渡邊さんともに私より一回り若い方に私も負けないように。
またいつか、一緒に仕事がしたいと思っていただけるように。
また一緒に仕事ができた際に、こんな程度だったかとガッカリされないように。
XXXXとして、MAMORIOを目一杯宣伝、拡販いたします!
さようならではなく、再出発として、今後ともよろしくお願いいたします!


⑪収益成長率484%、国内12位、アジア152位へ

デロイトトーマツがテクノロジーFast50という表彰を毎年行っている。
これはIT、通信、メディア企業の直近3年間の収益成長率の高い企業をランキング化して表彰するものだ。

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ぶっちゃけ3年前の売上高が小さいスタートアップに有利なルールだが、なんとMAMORIOは売上高484%成長で国内12位、アジアで152位に滑り込んだ。

IoTカテゴリでは確か実質2位くらいだったような気がする。

会場も食事も演出も豪華で、とても自尊心が高まって帰ってきた覚えがある。笑

初めて経営者として褒められた気がしたのだ。

会社は成長してなんぼですからね。


COOの経験全体を通して

ここまでお読み頂きありがとうございます。長かったでしょう。笑

本当はここに書けない色々なことがあったのですが、スタートアップという場に飛び込み、COOとしてやってきて確信したのは、最も大事なのは大義でありビジョンであるということ。

僕はMAMORIOの目指す「なくすを、なくす。」というミッションの実現は世界にとって絶対的に正しいことであると信じてきた。

大切なモノがなくならない世界を作って困る人なんかいない。

そう信じてきたからこそ、途方のない目標に向かって走っていける。

ビジョンにコミット出来ていれば一見馬鹿げていようが、スキルが足りなかろうが、誰よりも成すべきことを信じているから臆せず向かっていけるのだ。

そういう意味でビジョンが重要で、COOでなくとも働く上で僕の中では譲れない軸となった。

スタートアップとはそんな青臭いビジョンに本気で取り組み人達の集合体だ。その点に於いてビジョンに向かって取り組むことを嘲笑ってはならない。

僕はそう思っている。

2年前、こんな言葉をFacebookに投稿していた。

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我ながらその通りだと思う。不安定さと引き換えに夢を追うのだ。

僕が辿り着いたCOOの役割について。

COOとはなんだろう?というテーマについてはずっと悩んできた。どうも自分は世間一般のCOO像よりは現場に出過ぎだし、細かいオペレーションを回すことにそこまで執着がない。

だから悩んでいたのだが、降りることになった今、こう考える。

COOとは、Chief Operating Officer=最高"執行"責任者である。

キーは”経営”でも”財務”でも”技術”でもない。”執行”という言葉。

本来の意味はそうじゃないと知っているが、僕はこの日本語訳を密かに気に入っていた。

執行(やる)んだ、お前が。肩書がそう言っている気がした。

僕だけはこのビジョンに対して引くことは許されない。

"やらない"もしくは"出来ない"という判断は経営都合とか財務都合とか技術都合とかであるだろう。
でも、自分は執行する=やる方法だけを考え続ける。

そう自分に言い聞かせてきた結果が、今の自分である。
率直にマネジメントとしては足りない部分もあったろう。
もっとうまいやり方もあったのだろう。

でも、ガムシャラにやるしかなかった。
どう取り繕ってもその積み上げこそが今でしかないのだから。

何も無かったサラリーマンが20代のうちにCOOになって辿り着いた答えは、とりあえずこんな感じでした。

仕事観がサラリーマン時代と大きく変わりました。

どうですかCOO。いや、別にCOOじゃなくても一緒ですよね。
誰だって、本来はそうやって仕事に向き合ってるはずなんです。

皆さんの大義のためにやってやりましょうよ。
それによって世界はもっとよくなる。

とは言え、30代という次のステージは経験を元にもっと「うまくやる」スキルを身に着けていきたいです。


何故やめるの?

いや、そうは言ってもお前辞めるんでしょ?って声もあると思います。

はい。

何故辞めざるを得ないか。


端的に言えば、MAMORIOという会社が登ろうとしている山と僕が登りたかった山が変わってきてしまったということです。

僕はありとあらゆるモノの位置情報が把握出来る、モノのGoogleのようなものを作り、結果的に紛失がない未来を作っていくことを目指していた。

しかし、会社が登ろうとしている山はそっちではない。

そう気付いて、モノのGoogleを作れないのであれば、そもそも何してたんだっけ?俺はビーコン端末と紛失防止アプリを売りたかったんだっけ?と僕の中でビジョンが行方不明になってしまった。

これに関しては、どちらが正しいということでもないし、今ある手札(経営リソース)は限られる以上、短期的に取るべき選択肢はさほど変わらない。

しかし、その他にも過去からの経緯や、信頼関係を毀損する出来事もあって、これまで通りのモチベーションでこの山を目指すことは出来ないと判断し、退任を申し出ました。

幸い、事業基盤も以前に比べれば強固になりキャッシュ的に余裕ある状況も後押ししました。
僕がいなくても会社は大丈夫です。
プロダクトをご利用の方や投資家、取引先の皆様、ご安心ください。

今後について

まずMAMORIOですが、曲がりなりにも人生を懸けてきたプロジェクトですし、しばらくは緩やかに関わってます。

9月末までは取締役としての任期もありますしね。
僕の場合はいるだけでもそれなりのバリューがあるので、完全に必要とされなくなるまではWIN-WINでいられればと思ってます。

とは言えメインの仕事が必要ということで、8月〜9月くらいまではお声がけいただける人のお話を伺いたいと思っています。

面白い仕事ください。もしくは仕事を作らせてください。

あと、資金の目処がついたら作りたいプロダクトがいくつかあるので、これまでの知見を活かしてちょこちょこと出来るモノから実現していこうと思ってます。

その為にも器になる会社を一つ作ろうかと。
社名は決まってませんが、ロゴと創業の地は決まりました。

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テーマはtake it 温です。
熱くも、冷たくもない、ちょうどよい温かさを持った、シンプルな製品群を作っていこうと。
散々HWベンチャーの苦しみを味わったのに、店に自社プロダクトが並んでいる、使っている人を見かける、その喜びを知ってしまったので、ライフワークに出来たらと思います。

これだけの長文にお付き合いいただきありがとうございます。

最後に、MAMORIOのみんな、ありがとうございました。

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MAMORIOのCOOやってます。一般的にはIoTが好きな人。

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