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生きづらさは”名詞的世界”に閉じ込められた時、起こるのかもしれない

先日、COPILOTさん主催の「デザイン思想✕ プロジェクトマネジメント」というイベントに参加しました。

お、たまにはデザイナーらしいこと書くのかと思いきや、
そうでもなく、、、(笑)

私がその日

「う、生まれ変わったかもしれん・・・!」

と思うくらいに、
メンタルヘルスの考察に活きたので
私なりにまとめてみます。


■ 2つの世界のハナシ

スピーカーはオーバーキャスト代表の大林 寛さん。
めちゃくちゃ尖ったWEBメディア「ÉKRITS / エクリ」の編集長さんでもいらっしゃいます。

まずは、大林さんがお話された内容をかいつまんでお伝えします。
(大林さんに一度見て頂いているので大枠はズレていないと信じる…!)

世界には動詞的世界と名詞的世界があるよね。
というところから始まります。

↓図解するとこんな感じでした
(当日のイベントでライブレコーディングされたもの。素敵だー)

動詞の世界は、分かりやすく言えば「身体感覚」であり、
言語化がされていない領域です。

言葉や概念で切り取られていない
(分節化されていない)ため、カオス状態。

一方、名詞的世界は分節化されていて、
言語化されており、
秩序があり、論理的でもあります。

通常、私達がコミュニケーションするのは
”言葉”ですから、これは名詞的な世界であり、
もちろんこのnoteで書かれていることも名詞的世界のものです。

カオスの状態から、部分を切り取り(対象化し)
私なりの言葉に変換しています。

このnoteを読んでみなさんが感じてくださってることは動詞的です。
(つまらないな、などと言葉で捉えた時点で名詞的です)

・・・

もう少しブレイクダウンしてお伝えすると、
例として大林さんが挙げていた
”イノベーションの構造”が分かりやすいかもしれません。

イノベーションを起こしたことで有名な
Appleのスティーブ・ジョブズ氏は
「よし、イッノベーションを起こそうぜぇぇぇい!」と目標を掲げて
イノベーションに向かって
歩いていったのではなく、

ただただ理想とするものを熱狂的に作っていたら
結果として、イノベーション(と呼ばれる現象)が起こったのではないか。という話。

これを動詞的世界と名詞的世界に変換すると
「イノベーションに向かっていく」というのは、とても名詞的です。

すでに目指したい"何かが定義"されている状態。
「イノベーション論」とか「イノベーションを起こすためのハウツー本」
といったようなものも、すべて名詞的世界にあるものです。

一方、「ただただ理想とするものを作っている」というのはとても動詞的な状態です。

私がこの話を聞いて思い出したのが、ジョブズ氏が伝説のスピーチで語った「点と点をつなぐ」という内容。

先回りして"未来"から"今"に続く道を言語化し、
その道を線として捉えるのではなく、
今を能動的に生きること(点)で、
あとから気づいたら繋がっていたというエピソードは動詞的なものから生まれている気がします。

ーー

同じような事例として、若い人に
「"やりたいこと"を見つけなさい」というのも
名詞を起点にした行動を促しています。

"やりたいこと"という名詞的な枠組みの中で
行動を考え、自己を捉えます。

その結果、"やりたいこと"という
そもそも定義があるようでないものに対して
[答え]があると錯覚し、
その枠組の中でずっと答え探しをしてしまうので
かえってしんどくなってしまう、ということもあるのではないかと思います。

と、ここまでが2つの世界観の説明です。
なんとなく伝わりましたでしょうか?

ここで「よう分からんな〜モヤるな〜」
と感じたら、まさにそれが動詞的な部分です。
このモヤが大切なんですねぇ。

■ 名詞的世界の住人になりたかった、私

ここからは、私があとで気づいたこと。
私はずっとこの名詞的世界が「正義」「絶対」だと思っていました。

「言語化できること」「システマティックであること」
「数字で表せること」「論理的であること」

なぜなら、仕事では圧倒的にこちらの方が重宝されるからです。
言語化できなければ伝わらないし、計画がなければコトは進まないし。
みんなが納得できて分かりやすいものが大切だと。

一方、自分だけが感じることなんて誰も興味ないし、意味ないやん!って。

だけれど、大林さんは
「身体感覚とつながって世界を見ていれば、洞察力が高められる」
とおっしゃり、名詞的世界から始めるのは正直ダサいと(笑)

さらに大林さんは実際に仕事の世界でそうやって思考なさっているし、
私が心から尊敬したり、いいな〜って思うものって、動詞的世界から生まれたものが多いように感じます。

この時、私の内面に光が射しました。
「あ、私の中でずっと閉まってきたこの感覚って、仕事で使ってもいいんだ、
てかこの感覚ってあってもいいんだ〜」と。

自分が喜んでるのが分かりました。

仕事で自己肯定感を埋めようとしていたので
仕事での正解が考え方、しいては生き方の正解になっていて
本当は動詞的感覚が強い人間なのに
ずっと名詞的世界の住人になっていました。

思い出すと、生きづらさとか無気力が強い時って
特に名詞的なものに
がんじがらめになっている時です。

自分自身の感覚を信じられなくなって、
外にある定義や指標や目標を追い求めている時。
(具体的に言うと、肩書き・逆算型の目標設定・フレームワークなど)

自分の感覚が信じられなくなり、
社会の中でしか定義づけできない存在になり
心が死んでいきます。

■ 今までの仕事観

私にとっての仕事って、"生きるため"というのが大前提であり、
自己存在の埋め合わせでした。
欠けているものがあるから、
なんとか仕事で頑張って認めてもらおうという気持ち。

今は少し薄まりましたが、まだまだ根強い意識があります。

もちろん今までも目の前のクライアントさんになるべく喜んでもらえたら嬉しいという気持ちはありましたが、
最終的に自己の埋め合わせなのでベクトルが内向きです。

分かりやすいフレームワークに頼ったり、
すぐに"見える化"をして自分が「安心する」という
クセがあったように思います。
例えば事前に細かいヒアリングシートを作って満足してしまったり。

もちろんフレームワークを使ったり、
言葉に表わして共通認識をもつことは仕事においてとても大切なことですが
私はそれをすることで自分が満足していたし、
相手の動詞的世界(置かれている環境、今の状態)を把握しようとしていなかったのだなと、反省しました。

もはや恥ずかしくなり、帰りの電車の中でぐぇぇぇってなって、
一人で悶えていました。笑

あーあーー・・・

■ 動詞的世界から名詞的世界への変換

じゃあ今後はどうしたらいいのだろうと考えたら
自分の動詞的世界の居場所をまず作ってあげること。
言葉にできない自己の部分も大切に扱い、育むことが出発地点です。

動詞的な部分を育むには
目の前に起きたことに対して、いい加減に向き合わずに
ツライことも楽しいことも感じきる。
外側にすぐに答えを求めずに自己の世界で泳がせてみる。

とかそんな感じかな。

その上で、仕事に活かすのであれば
より相手に合わせた通信手段をとれるように

動詞 ⇔ 名詞

の変換をうまくしていくしかない。

あとは対峙するのが個だろうと企業だろうと
相手の言葉だけじゃなく、その人の置かれている環境や背景を
対話によって、時には感覚的にでも、もっと理解していきたい。

今までは名詞的世界が出発点でしたが
動詞的世界を出発点にすることで
名詞的な世界は手段になり、より巧みに扱えるようになる気がします。

そもそもこの変換を「よりうまくやるにはどうするか」みたいな
決まりきったハウツーは
もう必要ないなと思ったりしています。

一度この考え方を取り入れたら本当、世界が違って見えました。 

前記事のMBTIしかり、最近このような自分の根底を見つめ直したり、
「そうそう、これやぁ!」と思えるような方たちのお話を聞く機会が多く
本当にありがたいなと思います。

でも、こういった機会は自分が名詞的世界に言葉というツールで変換をしたからこそ生まれた部分でもあるので、どちらの世界も否定せずに、生きていきたいです。

ーーー

ちなみに大林さんは、とうふメンタルラボを一緒にやっている白石さんのイベントに参加しているのを知り、私が勝手に会いたくて、会いに行きました。笑

お会いする前は、私なんぞの凡人が理解できそうもない文章を書かれたり、
天才的な感性&頭脳の明晰さが写真からビンビンに伝わってきていたので

「私・・・なんかが!?・・会っていいお方なのだろうか!?」 

とガチビビリの状態で行ったのですが、
めちゃくちゃ気さくな方でした…。
ギャップ萌えしました。w

最後に、プロジェクトマネジメントの文脈で開催されたイベントにも関わらずメンタルヘルス文脈で紹介してしまいCOPILOTさん、すみません。。。
素晴らしいイベントを開催して頂きありがとうございます。

(ちなみにCOPILOTさんのイベント、ものすごい美味しいごはんを食べることができて本当にびっくりしました!もっと推してもいいはず!)

サポート頂いたら嬉しくてエクストリーム土下座します!!