中村竜之介

'00/早稲田大学文化構想学部/

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最近の記事

【書評】宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』

『成瀬は天下を取りにいく』について書こうと思う。というのは最近、続編である『成瀬は信じた道をいく』を読み終えたから。 主人公はもちろん成瀬。我が道を行くタイプの女の子である。この成瀬が作者の在住地でもある滋賀県の大津市を舞台に天下を取りにいく、というあらすじ。 どんな風に天下を取るのかと言えば、例えば第一話「ありがとう西武大津店」では「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」と宣言した成瀬は、夏休みに地元の百貨店、西武大津店に通い詰める。閉店間際ということで滋賀のロ

    • 【書評】角幡唯介『書くことの不純』

      角幡唯介『書くことの不純』(2024年1月25日/中央公論社/1600円+税)  学生ラストとなる書評を何で飾ろうか、せっかくならこれまでの読書で印象に残っている本の中から選びたい、と思っていた(最後でハズしたくなかったのだ)。しかし選書に迷っている期間、覗いたツイッターにてうっかり、著者の新刊告知を目にした。探検家であり、作家でもある人間が感じ取った「書くことの不純」について。純粋な興味を抱いたため、書店に向かったのだった。  同作家については以前にも、『極夜行』という数

      • 【書評】ジョン・グレイ『猫に学ぶ -いかに良く生きるか』

        『猫に学ぶ -いかに良く生きるか』(ジョン・グレイ 鈴木晶訳/みすず書房/2021年11月) 「私が猫と遊んでいる時、私が猫を相手に暇つぶしをしているのか、猫が私を相手に暇つぶしをしているのか、私にはわからない」 これは作中でも引用されているフランスの思想家モンテーニュの言葉。思想家による夢想的な言葉として映るかもしれない。あるいは、特に猫が即ち飼い猫を指し、猫との関係に主従が前提されやすい現代人にとってはこの切実な疑問の真意は見えにくいかもしれない。自身も、本書を読ん

        • 【書評】日比野コレコ『モモ100%』

          『モモ100%』(日比野コレコ/2023年10月30日/河出書房新社/1450円+税) 10月27日の現代メディアの記事にはこのように書いてあった。「新人賞受賞作に出てくる女たちは皆、恋をしていなかった。(中略)恋愛からの離脱はここから先、さらに加速する――最近、文学新人賞を受賞した5つの作品を読みながらそう思った。文学は時代を映すというが、受賞作に出てくる女たちは皆、恋をしていなかった。」 文學界新人賞、芥川賞を受賞した市川沙央の『ハンチバック』は性愛や読書の特権性を社会

        【書評】宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』

          【小説】コロナのマスク

          九月一日。楽しかった夏休みが終わって、今日から二学期がはじまる。  今年の夏休みは家族で旅行に行ったし、花火大会や夏祭りだって四年振りに開催したし、なんだかすごく充実していた気がする。だからかな、と僕は思う。なんだか去年とか一昨年よりも、この一か月が終わってしまうことが寂しい感じがする。去年は二学期が始まって、学校でみんなに会えるのが楽しみで仕方がなかった。もちろん今年もクラスのみんなに会えるのは嬉しいけれど、授業が始まるのはやっぱりちょっと面倒くさい。なんでか、詳しいことは

          【小説】コロナのマスク

          【書評】長濱ねる『たゆたう』

          『たゆたう』(長濱ねる/2023年9月1日/KADOKAWA/600円+税)  数年前、何かの媒体で初めて、著者である長濱ねるさんの存在を知った。彼女がまだ欅坂46というグループでアイドルをしていたときだった。  たゆたう、は揺蕩うと書く。揺れて、蕩う(つたよう)。はっきりとした目的もないまま、揺れ動きながら辺りをさまよう。アイドル活動を経て、女優やソロタレントとして活躍を続ける長濱ねるの姿は受け手にとっては多才で器用な存在に映る。多才で器用な存在とだけ映る。一方で彼女自

          【書評】長濱ねる『たゆたう』

          【小説】銀座と灯火

           水面で光が揺れている。それが何を反射したものなのか、その光源は見えない。細かく震える光の粒は、初めて飛行機に乗ったあの日、小さな窓から見下ろした東京の街に似ている。  濡れたアスファルトをヘッドライトが照らしている。黒いセダンの光沢は街の灯りが照らしているからだった。赤信号の中を歩く女の後姿に焦りはない。通りは広くて真っすぐだったけれど、黒塗りのセダンはすぐにネオンの中へと見えなくなった。 「おい、まだかよ」アイフォンの画面にレイからの通知がある。五分前のLINEだ。もうつ

          【小説】銀座と灯火

          【小説】透過

          ピースの足りないパズルのような街で育った。マンションの柵に両手をかけて思い切り身を乗り出す。母の荒げた声が遠い。自分の体重を支えながら、見下ろした街の光景はいつも少し揺れているような気がした。きっと頭まで十分に血が回っていなかったのだろう。駅の向こう側、大きな通りに面して見える小学校は、上から見るとL字型の校舎の空白部分に、校庭と駐車場がぴたりとはまり込んでいて、小さくまとまって見えた。それは近隣の住宅一つ一つと比べれば確かに広大な敷地だったが、駅前に聳え立つ縦長の商業施設や

          【小説】透過

          【小説】切子

           黒というにはあまりにも単純化しすぎているように思えたので、とりあえず僕はこの色に濃青という名前を付けることになった。空の色の話だ。通り沿いに並ぶ街灯は途中からはぼやけて繋がり、直管の蛍光灯のように見える。学校とか、公民館とか、公共性と確かな結びつきがあるやつだった。坂下からぬるぬる這い上がってくるヴェゼルの排気音はひどく不快だったが、僕の横を通過する頃にはそんなことすっかり忘れていて、意識すらしていなかった。  思うに、と僕の隣でささやく声がした。君は正解がないということに

          【小説】切子

          【小説】餃子

           暑い一日だった。梅雨の最中の年であっても、梅雨が明けた年でも、誕生日の前日はなぜかいつも真夏のように晴れた日と決まっていた。生まれてからずっとこの日は東京で迎えた。もちろんほかの地域ではこの日の天気が雨、ということは何も珍しいことではなかった。それでも東京だけはいつも晴れた。毎年のように晴れるものだから、最早誕生日当日よりも私の中では印象に残ってしまっているような気さえする。でもまだ六月だから、これだけ晴れているのにセミの声はしなかった。私はそのことがなんだか不思議で、それ

          【小説】餃子

          【詩】綻びの詩

          生んでくれてありがとう 生んでくれてありがとう わたしを綻びの一つも表出しないように仕立て上げてくれてありがとう わたしはひどく正常な人間になることができました わらべうたしか歌えなかっただけなのに感性が豊かないい子、ということになりました 塾という言葉を知らなかっただけなのに手のかからないいい子、ということになりました 怖かったから笑っていただけなのにいつの間にか心の優しいいい子、ということになりました 生んでくれてありがとう 生んでくれてありがとう あな

          【詩】綻びの詩