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【書評】日比野コレコ『モモ100%』

『モモ100%』(日比野コレコ/2023年10月30日/河出書房新社/1450円+税)

10月27日の現代メディアの記事にはこのように書いてあった。「新人賞受賞作に出てくる女たちは皆、恋をしていなかった。(中略)恋愛からの離脱はここから先、さらに加速する――最近、文学新人賞を受賞した5つの作品を読みながらそう思った。文学は時代を映すというが、受賞作に出てくる女たちは皆、恋をしていなかった。」
文學界新人賞、芥川賞を受賞した市川沙央の『ハンチバック』は性愛や読書の特権性を社会に訴えかけた。
夢野寧子は恋バナのないシン・ガールズトークを描いた『ジューンドロップ』(すみません、未読です)で群像新人文学賞を受賞した。
その他紹介される最近の文芸賞においても、確かに恋する女性の姿は描かれていないようで、記事の主張には説得力がある。恋愛がなくとも、あるいは恋愛どころでは、というスタンスは、多様化する社会におけるひとつのトレンドなのだろう。
ただ、今回紹介する日比野コレコさんの文藝賞受賞第一作『モモ100%』はそれこそ100%の恋愛小説である。そして、本作を読み終えて思う。作家の多くは現代における恋愛を書かなかったのではなく、書けなかっただけなのではないだろうか、と。
18~20歳を対象にした若者のライフスタイルに関するアンケートでは、2023年でも恋愛は相変わらず上位に位置している。「いま悩んでいること」では4位、「積極的にチャレンジしたいこと」では3位に恋愛は、ある。
リアルと見比べて、文壇のトレンドを白い目で見ている訳でも無い。ただ、恋愛があまりに複雑多様になりすぎて、あるいは恋愛という言葉に対する価値観の輪郭がぼやけてきたことで、恋愛を描かないことが唯一、読者個々人に、恋愛の存在を浮かび上がらせる方法だったのではないかということだ。その点で、現代のディストピアに恋愛というテーマで正面からぶつかっていった日比野コレコさんはすごい。

退屈な日々を過ごす主人公のモモは、目的ではなく手段として恋愛を行使している。生き残るための手段としての恋愛だ。
「生きていく手段として、恋愛をとった人間であること、そんなわけがない、もっといい武器はこの世にあるはずだ、とたくさんたくさん試行錯誤したけれど、やっぱり、なにより恋愛が、一番手に持った時にしっくりくる武器だった」p.51

そんなモモの日常にヌルッと同級生の星野が入ってくる。彼もまた生きるためでなく、生き残るための処世術に長けた人物だった。
「星野はモモのヒーローだった。最悪で最低で、誰からも一度好かれて二度三度嫌われるような人間だった。」p.21
生き方を知らず、生き残り方だけを知っている彼らには、ずっと世界の終わりを見据えて生きてきたはずが、最後には火が起こせなくて凍え死んでしまうような危うさがある。

近年の恋愛観を描くためのツールはいくらでもある。マッチングアプリ、援助交際、擬似恋愛。どれもその先にある絶望を描くためならばピッタリなツールだ。けれど作者はそれらを用いない。登場人物はただ普通の、学校に通うティーン達だ。それはまるで、そんな突飛なツールがなくとも、私たちの日常は、まるっと全部絶望です! と言わんばかりである。
日比野コレコさんの作品は、前作の『ビューティフルからビューティフルへ』より、その語りの斬新さがフォーカスされがちだ。たたみかける言葉あそびや、目眩のするようなパンチラインが新しい。帯や紹介文にも、その文体のポップさがよく切り取られている。けれどそれらは彼女の文章の持つ特徴の1つ、付属的なものに過ぎない。彼女の文章の本質はもっと、表と裏を分ける一枚、絶望と希望の狭間を、描き分けない上手さにあるように思う。表裏一体とした明確なものではなく、よりグラデーションを持ったその文体は、赤と青を混ぜた、紫色のような位置に立っている感じがする。色の混ざった場所から、遠くの赤や青を見ている感じがする。

「だってもう十九なんだよ。死は目の前だって感じがするよ」p.140

特に大人が、語りの目新しさにばかりに囚われて、モモのこの言葉を、パンチラインだとか、大きな比喩だ、と解釈するのであれば、それは間違っていると思うし、悲しい。現代人が抱える病理は、本当にこの言葉のままなのだから。

最後に、作家の本当の勝負は3作目からだ、という話を読んだことがある。1作目は自身の体験や経験から、2作目は1作目で得た反省や知見から書くことが出来るという話だった気がする。では勝負となる3作目に、20歳になった彼女は何を書くのだろう。『ビューティフルからビューティフルへ』、『モモ100%』ではギリギリを生きる10代の姿を描いた。変わりゆく価値観と、物理的に乖離していく作家。初めて同年代の作家を、処女作からリアルタイムで追うという体験をしている筆者には、彼女が次に何を書くのか、ということがすごく楽しみなのである。

https://gendai.media/articles/-/118095?page=2

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