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【詩】綻びの詩


生んでくれてありがとう

生んでくれてありがとう

わたしを綻びの一つも表出しないように仕立て上げてくれてありがとう

わたしはひどく正常な人間になることができました

わらべうたしか歌えなかっただけなのに感性が豊かないい子、ということになりました

塾という言葉を知らなかっただけなのに手のかからないいい子、ということになりました

怖かったから笑っていただけなのにいつの間にか心の優しいいい子、ということになりました

生んでくれてありがとう

生んでくれてありがとう

あなたはいつだったかわたしに「ごんぎつね」を読み聞かせながら泣いていました。「あたしこれ読むときいっつも泣いちゃうのよね」あなたはそう言っていました、わたしにはよくわからずあなたに包まれあなたのおでこにあるその特徴的なほくろを弄繰り回すことしかできませんでした。あなたはそう言っていたのに小学校1年だか2年だかの早朝の読み聞かせの時間にも相変わらず「ごんぎつね」を持ってきました。そして相変わらず泣いていました。クラスの前で、そしてクラスの一員として存在していたわたしの前で。

生んでくれてありがとう

生んでくれてありがとう

道にごみを捨てない大人に育っておめでとう

電車の中では基本的に立っている大人に育っておめでとう

献血を欠かさない大人に育っておめでとう

典型的な次男に育っておめでとう

だけどあなたの口癖の

「昔はよく女の子に間違われたのに」はわたしの心に根を張らせます

それは悲しみでも、怒りでも、やりきれなさでもなく

わたしの心に根を張らせます

低く聞き取りずらくなったわたしの声の中に「あれなあに?」とかわいらしく問う少年の声をみるのです

濃くも薄くもないすね毛をしげしげと見つめて、かけっこで擦りむいた膝小僧の手当てをした日々を思い出すのです

「昔はよく女の子に間違われたのに」の中の「返せ!」の部分だけがわたしの全身を堂々と巡るのです、濁点の似合うその表情が、

わたしの心に根を張るのです。わたしの心に根を張るのです。

生んでくれてありがとう

生んでくれてありがとう

小難しいことを言うようになったと言うあなたと、

難しいことなんて何一つのぞんじゃいないわたしと、

生んでくれてありがとう

17歳だったわたしにできた彼女がLINEの中であなたのことを「おめえの母親」と呼称していたことを知ったときのあなたの憤慨は忘れられません、その時のあなたは女でした、間違いなく女でした、わたしはしぼんでいくものを感じました、涙もこぼれそうになりました

生んでくれてありがとう

生んでくれてありがとう

あなたがたがつけたりゅうのすけというあまりにもありきたりな名前は、

長ったらしくて呼びにくくてどうしても好きになれませんでした

それでも20年以上ついてまわると流石に諦めも着いてくるものでした

そしてその名前は今ではあなたの愛するゲームの登場人物と共有するものとなりました

だからやっぱり心からその名前を好きになることはできませんでした

そしてあなたがあなたたちの婚姻関係に亀裂を入れかけるまでに熱中することとなったそのゲームのタイトルをあなたの目の前に最初に晒したのはわたしでした、怒号が飛び交った後ではいつもあなたはきまって猫なで声で私に沈黙からの逃げ場を求めましたがすべてはわたしに起因するものなのでした

生んでくれてありがとう

生んでくれてありがとう

あなたに残された30年あるかないか

わたしに与えられた30年あるかないか

それをつかってわたしは

あなたを旅に連れて行きたい

のですが

旅といってもそんなに大げさなものである必要は全くなくて

江の島にでも行って

稚児ヶ淵のあたりでも散策できればいいかなぁなんて思っているわけ

なのですが

ご都合いかがでしょうか









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