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2022年 Ruffian総括 vol.2

飯がまずかった1年

esportsチームを運営している、なんていうと格好が付き、そこら辺にごまんといるような元テレビマンの私にとって、周囲から目を引いてもらえる魅力的な肩書であった。
しかし、目を引く肩書であると同時に、背負うべきものは余りに大きく重いものでもあった。
常に吐き気をもよおし、常に胃がシクシク痛む。
そんな毎日が待ち受けていることに、創設当初の自分は知る由もなかった。

vol.1で登場したZepp選手は、やはり最初から異彩を放っていた。
ただ、いろいろな噂を聞く選手でもあり、私自身彼に対する第一印象は非常に悪かった。
Zepp選手受け入れを渋る私に、HIJIWO選手は2回もアプローチしてきた。
まずは彼の本質を知るべきなのかもしれない。
Zepp選手と対峙してみることにした。

いわゆる、PUBG MOBILEの「界隈勢」というのは、強いが主張も一丁前である。
試合で結果を残すが、その強さを自負する思いは誰よりも強く、正直扱いづらい輩、という印象が強かった。

Zepp選手もその類とそう違わず、独自の哲学を強く持つ選手であった。と同時に、学校に通う素朴な青年という一面も垣間見えた。
一見ビッグマウスに見えるが、非常に繊細な精神を持ち、主張はするが相手の話もよく聞く姿勢が見られる。
そして、何よりも本質を見抜き言い当てる知性を備えていた。

この選手を受け入れる。
ただそれには、もう一押しの「決定打」が、私には必要だった。

鬼才たる所以

テレビマンとしてテレビ局の大型企画などを通してきた自分は、幸運なことにその業界の「鬼才」と呼ばれる人たちに触れる機会が多かった。
特にNHKの名プロデューサーとの仕事は、非常に思い出深い。
ATP賞という、優れたテレビ番組に贈られる業界最高の賞の常連として知られるプロデューサー。
ディレクターの知らぬところで、独特な世界観を演出として導く才に長けた人だった。

ただ、とにかく口が悪い。
企画内容、取材内容、箱書き構成案などを打ち合わせに行くたびに、怒鳴り散らされ、全否定され続けた。
非常に攻撃的で、ストーリー構築の理論にスキがない。
有無をも言わさぬ凄み。
非常に苦手な人種ではあったが、完成品を見るとただただうなずくしかないクオリティが担保されていた。

鬼才にはある特徴があった。
スイッチが入る瞬間である。
それまでは穏やかな中高年といった佇まいなのだが、さあ、番組の内容を見ていこうかといった瞬間に「鬼才」としてのスイッチが入る。
早口でまくし立てるような口調。
頭の中で構築された理論を一気に吐き出す様。
NHKで出会った鬼才のスイッチの入り方は、Zepp選手のそれと全く同じであったのだ。

日本のテレビ業界をけん引するプロデューサーと共通する、スイッチ。
この選手は、もしかしたら今にでかいことをやってのけるのかもしれない。
これが決定打となり、RuffianにZepp選手の名前が刻まれることとなった。

クソガキに未来を託す

PUBG MOBILEでは圧巻のプレイをみせる選手たちも、所詮は10代の青年たち。私から見れば、小僧である。
彼らの可能性に賭けてみる。
これは、自分自身がプレイヤーとして動き回っていた時代とは全く異なる思考や責任が伴うものであった。

何かあった時に私はどこまで腹がくくれるのか。
自問する日々が続いたが、テレビの仕事を辞めてからというもの、私は「仕事人」としての自分に自信が持てなかった。
パッとしない鳴かず飛ばずの毎日。
これは第一線という世界に戻る、最後のチャンスかもしれない。
失敗したら、東京湾にでも沈むか。
「清水の舞台から飛び降りる覚悟」とはまさにこのことかと思うような重圧を敢えて背負い、私は一か八かの大勝負に挑むことにした。

vol3へ続く。後日投稿予定。

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