適応障害の診断から一年



久しぶりの更新になりました。

昨年度冬からTTとして復帰した私は、今、特別支援学級を持っています。

通常学級を持ちたかった気持ちはありますし、いまだに、通常学級をもてる力がない人が行くクラス、なんて意見を目にすることもあり、周りの目が気になります。(私は支援級をそんな風には思っていませんが…) 
来月に行われる、同期と会う研修がとても怖いです。

振り返ってみると…

4月は、初めての支援級で、教育実習や昨年度のクラスでやってたことが通用せず、授業も学級もどうしたらいいのか分からない、泣き叫ぶ子供を前に私も泣きそうになってしまう。辛くて通勤中の車で涙が止まらず、一時間目を他の先生に入ってもらったこともありました。
また迷惑をかけてしまった、自分は支援級も無理だ、やはりこの仕事は向いてないんじゃないかと色んな思いに押しつぶされそうでした。

5月、去年自分が初めて休んでしまった日に、今年は行くことができました。辛いけど行けた、少しだけ自信になりました。

6月、7月は薬は手放せないながらも毎日仕事に行くことができました。たまに、子どもを帰した後、早退することもありました。

適応障害、復職、再発、復職を経て今思うことは、適応障害に明確な終わりは無いけれど、しんどいけど頑張れた、乗り越えられたという少しの経験の積み重ねで少しだけ心が強くなれるということです。
そしてその、頑張れた、乗り越えられたというハードルは、低く持つことが大事だと思っています。

私は完璧主義で、こうするべきと思ったことを達成できないと自分を責めてしまうくせがあります。

仕事が溜まってるのに7時前に学校につけなかった私はダメだ、ではなく、辛いけどとりあえず8時前に行けた、それで良いんだなと思える時が少しずつ増えてきました。
自分が長く、健康に働き続けるために良い意味で力を抜く方法を少しずつ見つけていくのが大事だと思っています。

それでもたまに、どうしようもない不安と悲しみに潰されてしまう時もあります。まだまだ終わりは見えない適応障害と、上手く付き合っていきたいです。



最後に、今年一緒に組むことになった主任の先生が、私の仕事用ノートの裏表紙に、「人生は、楽で、楽しいものなんだよ」と書いてくれました。

生きてる意味がわからなくなったり、心から楽しいと笑える時間がほとんどなくなってしまったり、出口の見えないトンネルに迷い込んでいるような私には無かった考え方でした。あなたは自分を自分で苦しめすぎてるし、もっと楽に楽しく生きていいんだよと言われて涙が出たのを今でも覚えています。

頑張りすぎないことを頑張って、二学期に備えたいと思います。




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