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月並みだけど、今まで生きていて、みんなに会えてよかった - 市長選挙に負けてからの療養記録 (あるいは、狼煙)

近頃、いろんな人たちの顔が走馬灯のように浮かんで、えっ?もしかしたら自分、死んじゃうのって思うときがあります。やめてーーまだやり残したことがあるのーー。

おお、死んでしまうとは情けない

何かに挑戦しては、無残に敗れ去ることに懲りない人生ではありますけど、今回のはかなり痛かったです…!「おお、死んでしまうとは情けない」って、元ネタがわからない?そうか、そうですよね、ドラクエですよ。死んじゃったときに、王様とかに言われるセリフです。いやこれ、改めて調べて読んでみると、王様ひどいなあ笑

選挙に負けると、自分の無力さや、関わってくれた人に迷惑をかけたこと、託された想いに報いれなかった申し訳なさ、あらゆる方面からヒリヒリ痛いです。特に心が寒い日とかは、癒えたかと思った傷が疼くんですよね。精神的に大怪我です。はあ…… まだまだ全然、弱っちいなあ。だって、紳士な現代は、ゆうて精神だけです。肉体は、何も怪我してないのに。

中世であれば、権力移動を試みて失敗したら、殺されたりしていたわけですよ。でも自分は、まだ生きています。戦から身体的暴力を取り除いた「選挙」というものは、人類の稀に見る大発明です。そのおかげで、日々是好日、今日も生き長らえているというわけです。生かしてくれて、ありがとうございますね(まあ、市役所に行きたくないとか、社会的には死にかけてますけど笑)

いつかこの選挙のことを思い出してきっと泣いてしまう

2018年3月8日。会派の先輩である本間さんに、決意を抱いたことを伝えました。それからずっとです。2019年4月21日の投票日まで、ずっと伴走してもらいました。負けたあとも、心配してときおり連絡をくれるんです。誰がなんと言おうと、一人っ子の自分にとっては、兄のような存在です。

よく一緒に飲みに行ってましたから、昔の選挙の話とかも聴いたことがあって、その話とかを思い出すと、負けちゃって申し訳なかったなあ…… 見出しでは、某小説のパロディで「いつか」とか書いてますけども、もう書いてるそばから泣けてきた。

それでも、市長選挙という舞台に立たせてもらったことに、本当に感謝しています。

つらいこともいっぱいありました。でもそれ以上に、一生の宝物になるようなことにもいっぱい出会いました。だから、わたしは、このことを詳らかに書くことで、少しでもたくさんの人に、政治に、関心を持ってもらうことが自分の役割なのではないかと思った。思ったんですが、これ以上もう無理そうです……

選挙期間中の記事に、一緒に闘った政治家たちのことを書いているので、ここに貼っておきますね。ちょっと今はまだ、言葉を圧縮して並べることしかできなそうです。

選挙に慣れない自分を導いてくれた、岡村さんのこともたくさん書きたかったです。父親くらい年が離れていますが、自分のことを尊重しながら、選挙が近づくにつれ、準備から何までずっと一緒でした。個人的なことですけど、自分は父親と仲が悪くて、死に際の瞬間まで和解できなかった人間ですから、そういう年齢の人といろんなことができたのが、とてもうれしかったです。

名前を挙げるとキリがないのですが、選挙は、自分の父親くらいの人と一緒に進めていきます。少なくても、年上が9割です。ああ、生意気もいっぱい言ったなあ。「選挙に負けるって、精神的に大怪我」ってこともわかってなかったから、お世話になった人に想像力を欠いた接し方もしたなあ。人間的に至らなかった。これを、不勉強と言うのかもしれないですね。

「選挙のときって、どんな気持ちですか?」と、よく訊かれます。意外かもしれませんが、自分のことをあまり考えていません。ほとんど、相手のことしか考えていません。意見が食い違うときも、どっちの相手を優先するかどうかです。だから気持ちが、あんまりありません。

というか、自分の境界もわからなくなってきます。どこまでが自分で、どこからが自分じゃないのかが曖昧になります。

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こんなふうにテレビで放送されて、自分だって思えますか?笑。選挙ポスターとかも、まちなかで見かけて自分だって思えないですよ。しかも、そのポスターとかも自分でつくったりして、自分で「38歳、新時代のリーダー」とかテキスト打つわけですよ(これもうやりたくない笑)。ちょっと前まで、内気な技術者だった自分が、まさかこんな演説をすることになんて…

もう、人間じゃないですよね。だぶん、妖怪かなんかです。簡潔に言うなら、「選挙は候補者だけのものじゃない」ってことなんですけど、選挙って、社会のあらゆる矛盾を統合していく作業なので、麻痺しちゃってるんですよね。自分の感情に。

こんな話になってしまいましたが、選挙期間中の描写が本当はしたかったんですけど、やはり政治の具体の話は、黙して語らずなのかもしれません。まだ、自分の感情に向き合いきれませんが、隠居して日長な日々を送るようになったら、整理してみたいと思います。思い出しては泣いてしまいながら。

リハビリしてたら、ともだちができた

というわけで、妖怪になってましたけど、負けてしまったので、人間に戻りました。まだ、麻酔が残ってますから、そんなに痛くないし、感情もないんですけど、なんだかわからないけど「人に会いたくない」とかになります。

いろんなところで、会ったことない人からも声をかけられて、「若いから、次もがんばってね!」と言われるたび、その温かさへの感謝と、自分に投票してくれた21,438人の方々の全てに「次」があったのかなという忸怩たる思いが両方やってきて、「じわーー」ってなります。

そんな言葉にならない精神状態のときに、自分に役割を与えてくれたゲストハウスの存在は大きかったと思います。林からすると、わたしが市長選挙(まちを二分する戦い)に出るというのは、むしろ役割を放棄するように見えたかもしれませんが笑

そんな彼は年下なので、自分はよく小言を言ってしまうんですけど、社長らしい頼もしい日もありました。ゲストハウスでトラブルがあって、わたしが時間をかけた仕事の多くがパーになって、4時間くらい愚痴ってたんですよね(長っ!)。それを最後まで聴いてくれたあと、「でもプラスに変えないと悔しいじゃないですか」と言ったんですよ。タフだなあ... 心の筋肉がすごいです笑

そんな長の命を受けまして、なんとか12月30日にクラウドファンディングの公開にこぎつけるとともに、「新役員を5人招き入れ、7人体制でやっていくという作戦を立てました。

まずは、珈琲店で知り合ってから近所に住んでいるのに、なぜかよく泊まりに来ていた櫛引くん。彼のともだちで、同じくなぜかよく泊まりに来ていた石塚くん。久しぶりにBBQ会で一緒になって、熱く語り合った出口さん。この3人に、「いつもお世話になっているんで、忘年会にお誘いしたく…」と焼鳥屋さんに誘い出し、勧誘☆(・ω<)

さらに、群馬から北海道に仕事でよく来ていた反町さんに、なになに?改まってという感じで「ちょっと、飲みませんか…」と誘い出し、勧誘☆(・ω<)

最後は、銀座商店街の駐車場で、たまたま目についた秋山さんを勧誘笑。節操がないように思えますが、このありえない勧誘により、他にはありえないチームになりました。このチームに出会えて、本当によかったです。社長の言うとおり「プラスに変わった」どころか、わたしにとっては、かけがえのない出会いになりました。近々、わたしたちの愉快な集合写真をお見せできると思いますが、その話はまた今度したいと思います。

そんなわけで、今年の1月くらいには、カラ元気(絵文字のがんばってる感が、涙ぐましい…)をウェブサイトに更新できるくらいにまで、回復してきました。ウェブサイトにお仕事先の話題があると思うんですけど、NPO法人北海道NPOサポートセンターに拾ってもらえたことも大きかったです。ほんと、理想的な職場なんですよね(まだ、札幌に行きたくないと在宅にさせてもらってますしね)。浪人中の4年間は、人材育成の仕事がしたいと思っていましたが、その仕事もさせてもらってます。

NPOの学校プロジェクトとしてはじまり、愛称を「よのなかスクール」と名付けさせていただきました(デザインやライティングも自分でしているのですが、「じめじめカラフル」がキーワード)。

ちなみに、なかなかコロナくんがお家に帰ってくれないので、今年はオンラインで開校しています。次回は、ゲストハウス先輩である合同会社Staylink柴田涼平(しばた・りょうへい)さんに出演していただき、オンライン活用を学びます。

そんなわけで、サポセンには感謝しています。感謝しているのですが、最初「よのなかスクール」は副担当だった気がするんだけど、あれれ?(NPOは、良くも悪くも「役割が当たる」のです笑)

そうこうしているうちに、3月に入って、クラウドファンディングも佳境に入ってきたころ、まちづくり界隈には有名な「日本仕事百貨」さんが実施している「しごとバー」に出演し、ゲストハウスの話をしてきました。すでに、オンライン対応もしていて、さすがですよねー。

そして、3月16日。長い戦いなったクラウドファンディングが終了し、目標を上回る総額1,713,501円のご支援をいただきました。応援してくれた方々、ご支援してくれた140人のみなさま、本当にありがとうございました!!はじめてクラウドファンディングをやったんですけど、選挙かと思いました(また、最後のお願いしちゃった笑)

櫛引くんのつくった映像には、2019年7月のプレオープンから2020年3月までにあったいろんなことが凝縮されていて、めっちゃよかったな。感動しすぎちゃって、自分の活動映像もつくってもらいました(文章は、反町さん)

ウェブサイトは、石塚くんがつくってくれました。出口さんは、コンセントの位置を直してくれたり、秋山さんは、オープンラボの立ち上げ、みんなで着々と準備を進め、ゲストハウス「ゲニウス・ロキが旅をした」、いよいよグランドオープンだ!!!

……というときに、COVID-19襲来です。4月25日に予定していたグランドオープンも延期になり、先の見えない日々がやってきました。勢いよく燃え上がっていたときに、冷水を浴びせられた格好です。

そして、わたしは、精神的にだけではなく、ついに物理的なひきこもり生活に突入!笑。同時に、オンライン生活により距離的制約がなくなったので、主に反町さんと長期的視点で必要なことを実験してました。

趣旨もまとまらないままオンラインイベントに開催して(おかげさまで、趣旨が固まつつ、次回で4回目となります)、巻き込み事故に合わせてしまったりもして… 今となっては良い思い出ですけど(勝手な話)

そんなわけで、いっぱいともだちができましたとさ笑。ゲストハウスのマーケティングの話をしているときに、小規模宿泊施設の販売戦略は「(平日を埋めるために)ゲストとともだちになること」と主張してたんですが、もう商売のこととかどうでもよくて。まあ、そうこう言っているうちに、ゲストハウスではなく、「ホストハウス」と名付けられてしまいましたけど笑。

それと最近、自分にとってゲストハウスは「病院」だったんだなと思うようになっています。自分がいろいろがんばっているのではなくて、イテテ…って入院しているわたしに、役割を与えてくれたり、応答をしてくれたり、同じ相部屋の病室にイテテ…ってリハビリ仲間がやってきたり笑。そのおかげで、自分の傷が癒えていったんだなと。そんなふうに、今は思っています。

お世話になった人は、他にもいっぱいいるのですが、全てを記していくと、たぶん終わらなくなってしまうと思うので、今回はこのくらいにしておきます。でも、ほんと、みなさんのおかげさまで、ここまで生きて来れました…

ふと振り返ったら、ずいぶん遠くまで来たなあ…

まあ、そういうわけで、総じて幸せ者なんですね、自分は。でも29歳まで、ずっと幸せだとは思いませんでした。その20代を、最近いろいろあってよく思い出します。

この項目では、20代を振り返って、10年後に自分がこうなるとは思わなかった。幸せになれるとは思わなかった。だから、幸せになれることを諦めないでほしい。ふと振り返ったら、ずいぶん遠いところまで来ていて、苦しかった日常も小さくなっている日が来るから… と書こうと思ったんですが、それ以前に、この記事を振り返ったら、ずいぶん遠いところまで来ていたので、これ今度に書きますね。すみません……

最果にて、自分が倒れそうになっていた「工場労働時代の記憶」を思い起こした記事を、ここに置いておきますね。もしよかったら、読んでみてください。

ひきこもりは安らかだけど、そろそろ行くね

いやはや、もしここまで読んでくれている方がいましたら、すみません。すんごい長くなってしまいましたね。あとは、なるべく簡潔にまとめます。

まず、今なんでこの記事を書いたかと言いますと、ちょうど1ヶ月後の7月25日、わたしたちのゲストハウス「ゲニウス・ロキが旅をした」が開業するからです。さっき、「ゲストハウスは、自分にとって病院だったかもしれない」なんて言ってましたが、当然ですが、開業したらそんなこと言ってられません。はいはいもう、リハビリは終了。退院ですよ!笑

次は、生かされている感謝を、感謝のまま終わらせたくないということです。小さな一歩ですが、こんなことを計画しております。うちの組織、意思決定プロセスが曖昧なんですけど、おそらく通ってると思います笑

最後に、自分のなかで、政治的な心境の変化がありまして、ただ一つの手段にこだわらず、最も目的を獲得しうる手段を採ろうと決めました。うーん、なんか抽象的ですね。でも具体的なことは、自分が勝手に言っちゃいけないと思うので、今日はこのくらいにしておきます。しかし、こういう判断をできるようになった自分を今、誇りに思えています。

以上。これが、市長選挙に負けてから今日までの振り返りです。つまり、精神的なリハビリ状態だったり、社会的にひきこもりだったり、だけど多くの人たちを出会って、今まで面倒を見てくれた人たちのことを思い出して泣いちゃったりして、情けない男の1年と2ヶ月の顛末です。

選挙のとき、自分の感情が麻痺していると書きました。その麻酔が、ようやく切れてきているような気がしています。それに拍車をかけて、自粛生活で人に会っていなかったので、一気に自分の閉じ込めていた感情が甦ってくる感覚…… その結果、最近は泣いてばかりの子猫ちゃんでした。だけど、麻酔が完全に抜けたら退院です。扉を開けて、外の世界に旅立ちます。

月並みですけど、今まで生きていて、みんなに会えて、本当によかったです。わたしは、信頼が置ける人たちと、意味のある仕事がしていける。だから自分は、自分のやりたいことにこだわらない。最も適した判断ができる。目的を果たしていくことができる。今、わたしは公職にはありませんが、政治家として市民の方々の幸せと豊かさを追求していくという仕事に、全力で取り組んでいこうと思います。

なんですけども、ひきこもりを卒業したので、今日は飲みに行こうと思います。今日だけはね笑

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困りごとをゴキゲンに変えるゲストハウス「ゲニウス・ロキが旅をした」共同出資者/助役、NPO法人北海道冒険芸術出版共同代表理事、政治家(元・市議会議員/市長選挙敗北)など、社会に「選択肢をつくる」仕事をしています。北海道江別市在住。
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