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ステキなお家と、まだ何も知らない私

まだ何も知らなかった頃
家族のしあわせのようなステキなお家に住んでいた
転勤族だった一家の初めてのマイホーム
何度かできる前に見に行ってワクワクしていた気がする
どんなに高い買い物かも、知らなかった頃

まだ何も知らなかった頃の家は
ときどきたまに夢に出てくる
2階の私の部屋は
家具のレイアウトも変えずに夢の中で私を待っている
入ってすぐ左のウォークイン・クローゼット
その先にある2段ベッドの片割れ
部屋の右にはかわいい小物を飾れる飾り棚
茶色の低いテーブル
窓はベッドの頭の横と、もう一つあったね
壁紙は自分で選んだんだっけ
「この薄ぴんくの百合みたいなお花がいい」って……。

それはまだ何も知らなかった頃で
だけどだんだんと全てが不穏になってった
夜中にかかってきた酔った父からの意味不明な電話
意味が分からないから切るねと切った
裏側で母さんが戦っているのは知らなかった
ある日それを告げられるまでは

だいたいのことのあらましを知った頃
ステキだった家から出ることになった
買おうと決めた家主が勝手に売り払ったから
それは他の人のものになってしまった
今も思う
ずっとそこを守っていた母は
どれほど悔しかったことだろう、と。

もうこれ以上の不幸なんてないだろうと思った
父は苗字を変えてどこかで暮らしているらしかった
私にはこの世のどこかに
半分血のつながった妹がいるらしかった
全部血のつながった娘のことをないがしろにして?

知らん知らんあんなん忘れてしあわせになろう
いつかは反省する日も来るかもしれんし
そう思ったけどそんな日は来なかった
父だった人は、あわれに死んだ。

ステキだったお家のことを思い出すと
いくつかの父の記憶がよみがえってくる。
その人はゲームが好きだった。
解けない推理ゲームを解いてもらった。
(もう誰に手伝ってもらわなくても解ける)
ポケモンを我が家に持ち込んだのもその人だった。
(今じゃ一大コンテンツだよ)
またそんな話をすることもあったかな。
生きてさえいればさ。死ななければ。

遺された私たちは生きているから
たまに父だった人のことを忘れている。
葬式にすら出ていないから
いまだに死んだのかよくわからない父。
最後まで真意のよくわからなかった父。
どんな思いでステキな家を建てたのかな?

別に、そんなに、悲しかったわけじゃない。
だけどときどき、あの家のことを思い出すと
全てが紐づいているから
こうして夜中に泣きたくなる。
大人になっても、なんもわからん。
何も言わずに死んでいった人のことは。

私はまだ、いまも、何も知らない。

おわり



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