『稲盛和夫一日一言』 6月4日
こんにちは!『稲盛和夫一日一言』 6月4日(火)は、「繊細に取り組む」です。
ポイント:製品にはつくった人の心が表れる。粗雑な人がつくったものは粗雑なものに、繊細な人がつくったものは繊細になる。
2001年発刊の『京セラフィロソフィを語るⅠ』(稲盛和夫著 京セラ経営研究課編/非売品)「手の切れるような製品をつくる」の項で、稲盛名誉会長は次のように説かれています。
私たちがつくる製品は、「手の切れるような製品」でなくてはなりません。それは、例えばまっさらなお札のように、見るからに鋭い切れ味や手触りを感じさせる素晴らしい製品のことです。
製品にはつくった人の心が表れます。ラフな人がつくったものはラフなものに、精細な人がつくったものは繊細なものになります。たくさんの製品をつくって、その中から良品を選ぶというような発想では、決してお客様に喜んでいただけるような製品はできません。
完璧な作業工程のもと、一つの不良も出さないように、全員が神経を集中して作業にあたり、一つ一つが完璧である製品づくりを目指さなければなりません。(要約)
2012年発刊の『京セラものづくりの心得を語る』(伊藤謙介著 京セラ経営研究部編/非売品)「ものづくりとは人格を磨くこと」の項で、人格や性格が製品の中に投影されるとして、伊藤元京セラ会長は次のように述べられています。
西堀榮三郎(にしぼりえいざぶろう)という方が、著書『ものづくり道(どう)』の中で、ものづくりの本質について次のように書かれています。
西堀さんは京大の助教授から実業界に入られ、優れた技術者として様々な研究開発をされた後、京大に教授として復帰されてからも活躍され、さらに精力的に第一次南極観測隊の越冬隊長や日本山岳協会会長などを歴任された方です。
「私は、製品はたとえ実際に人間が手を下すことがなくても、機械が品物を作るようになっても、技術を仲介している限りは、携わった人の人格や性格が反映し、また反映されなければいけないと思っているから、それにかかわった人すべての姿勢、ひいては企業の姿勢が、できた製品の中に投影されると信じているのである。
つまり、作る人の魅力が、そのまま品物に現れるのである。そして、これは、一人生産現場で品物を作る人の魂だけでなく、その製品に関与する人たち全員についても言えることだと。
本当に心を込めて作った物というものは、それにかかわった人々の魂と素材の良さとが調和されているものである」
ここでは、製品にはそれをつくった人たちの人間性が反映される、と言われているわけです。まさに、人間がものをつくるということの本質が書かれていると思いました。
素晴らしい心根を持った人がつくれば素晴らしいものができますし、雑な人がつくれば雑なものしかできません。
雑な人というのは、いくら注意するようにと言っても注意が足らずに失敗してしまいます。そうなれば、みんなで苦労して積み上げたものが無駄になってしまいます。
個人的なことであれば、自分が責任をとることで済むのかもしれませんが、自分の注意が足らなかったばかりに会社の資産を無駄にしてしまえば、「すみません」の一言では済まされないはずです。
そこでは、絶対に失敗しないという、心を込めたものづくりをすることが求められるのです。
ものづくりにおいて大切なのは、技術力だけではありません。そこに携わっている人の人格こそが、製品の出来を左右する重要な要素となります。なぜなら、製品には作り手の生き様が反映されるからです。
製品にはそれをつくった人の生き様がすべて出てきます。ですから、人格に磨きをかけることで、さらに素晴らしい製品をつくっていかなかればならないのです。結局はそこに尽きると思います。(要約)
以前も紹介したことがありますが、名誉会長はよく「心が曲がれば品物も曲がる」と言われていました。「ものをつくる人の心が曲がっていれば、いいものづくりなどできない」という意味です。
繊細な人がつくったものは繊細なものに、また感覚の鋭い人がつくったものは鋭いものに仕上がります。
どのような場面、局面においても、「手の切れるような」仕上がりを目指して正しい立ち居振る舞いができるかどうか。(「否」・・・)
日々精進あるのみではないでしょうか。
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