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柳原良平主義〜RyoheIZM 29〜

画家、のち、デザイナー

柳原良平は画家であるが、デザイナーでもあることは以前に何度か書いた。寿屋(現サントリーホールディングス)時代にデザイナーであり、多忙な挿絵画家でもあったので、確かにそのとおりではある。


個展にて

柳原は1975年からほぼ毎年、地元・横浜の『せんたあ画廊』をホームにして個展を開催してきた(現在は、画廊AKIRA-ISAOに引き継がれている)。個展には柳原ファンが大挙して訪れ、すぐにあちこちの作品の隅に、売約済みのピンが刺さる。

来場客はみな壁にかけられた油絵や切り絵、リトグラフなどに見入っている。小さな子を連れた若い母親もいれば、ひとり黙って作品を鑑賞する中年紳士もいる。画廊のオーナーと談笑しながら見る客も。この風景はどこを描いたのか?とか、この船はどこの国のなんという名の船か?とかいったことを話しているのかもしれない。

見ているのは作品だけ?

みなが柳原作品に魅了されている。しかしその中に、額縁にまで注意を払っている客は、おそらくいない。客は知らないでいる、その額縁が柳原のデザインによる特注品であることを。

普通と違う柳原

画家が自身の作品を展示する場は、多くの作家の作品が一堂に会する団体展(あるいはグループ展)と、一人の作家の作品のみで開催される個展に分かれる。そして作家は、団体展には自身の個性を発揮した大作を出品し、個展には買いやすさを重視して、手頃な小品を中心に制作するのが普通のパターンだという。

ところが柳原は逆で、個展となると張り切って、100号や50号の大作(主に油絵)に、まずは取り掛かる。小品は、ある程度の数がすでに確保されているからという、柳原ならではの事情もある。

平時から柳原は、広告をはじめさまざまなイラストレーションの注文を受けており、それらはみな印刷を前提にした小品が多い。つまり印刷が終わるとそれらの原画はみな、柳原の元に戻ってくるため、小品が自然と溜まっていく。

ただそうは言っても、印刷物となった作品の原画は、売らずに取っておき、シリーズごとに整理したりする作家が多いらしい。だが、柳原はそういったことにまったく頓着せず、どんどん売ってしまうそうだ。こういうところも普通と違う。

スイッチが切り替わる瞬間

そして個展が近づいてくると柳原の創作意欲は最終的に、作品を入れる額縁のデザインにまで行き渡る。変形の作品の場合には当然それを入れるための特別な額が必要になるが、柳原の場合はそれだけでなく標準的なサイズの作品においてもオーダーメイドすることは珍しくないという。

どのタイミングかわからないが、柳原の脳には画家とデザイナーが切り替わるスイッチがあるのだと思う。素人目線から見る限りは、同時並行ではないと思う。この作品が最も生きる額はどうあるべきかと考える脳は、明らかにデザイナーの脳だからだ。

3次元で見せる?

先日、『画廊AKIRA-ISAO』で拝見した作品は、側面から見ると数センチにわたる厚みのある額に入れられていた。そのため飾ったときに壁から飛び出し、立体的に見えてくる。見ているうち作品にも自然と奥行きが感じられてくる。これは柳原の狙いだったのだろうか。

さらに正面から見た額の内側には、濃紺の細い線が作品を縁取っていた。よく見ると線には筆のニュアンスがあったので、後から描かれた(つまり柳原が描いた)ものではないかと思われた。細い縁の入った立体的な額に入れることで、ようやくこの絵は”商品”として完成したということだろうか。

必要に応じて自由自在に

額縁にこだわる作家は決して少なくないそうだが、自分でデザインしてオーダーまでしてしまう作家というのは、まずいない。ただ、画家とデザイナーとを行き来するのは、普通に考えるとあまりないものの、柳原にとっては自然なことなのかもしれない。

イラストレーションを完成させたのち、デザイン・センスを発揮してポスターにしたり、など、そういうことは寿屋時代からやってきたことだし、本の表紙絵を描いたのちに、その本の装丁を手がけることも慣れたものだった。柳原の中では、画家とデザイナーのスイッチは、必要に応じて自由に切り替わっていたようだ。羨ましいというかなんというか。(以下、次号)


※編注
「船キチ」という表現は「尋常ではない船マニア」といったニュアンスを表しています。柳原良平が自著の中で、主に自身に対して頻繁に使用している表現ですが、そこに差別や侮蔑の意図はまったく感じられません。従って本コラムでは、他の言葉に置き換えず、あえて「船キチ」という単語をそのまま使用しています。                               

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