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ヤキニクデイズ

窓から投げたスーパーボールを、キムタクがカッコよくキャッチした96年。
僕は客が投げてきたおしぼりを顔面でキャッチしていた。

修羅の国、福岡。
その最奥にある筑豊は、選ばれし修羅たちが集う街と言われる。
この街の片隅の焼肉屋では日々、修羅たちの怒号が飛び交っていた。

高校2年の冬。
その街で僕はアルバイトに明け暮れた。

当時、僕は某ハンバーガーショップでのアルバイトがほぼ決まっていた。
そんな時、病気のおっかさんとお腹を空かした弟や妹をもつ友人が、血眼になって働き口を探しているのを目の当たりにし、心を痛めた僕は快くそのアルバイトを彼に譲ったのだった。

とはいえ、あふれる勤労意欲を社会に役立てたい。
僕は、再びバイト先を探した。
そんな折、友人の中でも群を抜いて胡散臭い事情通の木村君から、幸運にも僕の勤労意欲を満足させてくれそうな焼肉屋の情報を得た。

どうやら木村君によると、その焼肉屋には近所の商業高校のエース級女子がこぞってバイトしているという。

あいにく僕は、女子とか恋とか愛とかへの興味は、産まれた頃に産婦人科に置いたまま退院してきた。
が、焼肉という人類史に残る食への探求心は尽きるところを知らない。
清水の舞台からムササビの術で飛び降りる気持ちで、僕は面接に向かった。



パンチパーマに蝶ネクタイの森本レオ。
そんな風貌の店長は、開口一番「いつから来れます?」と言う。
意外にも、声はハスキーかつハイトーンだった。

思ってもない急展開だ。
おそらくは、僕の勤労意欲が後光のように射していたのだろう。

僕の焼肉屋バイトが始まった瞬間だった。



バイパス沿いのその焼肉屋は盛況で、昼や夜のピーク時には、毎日のように沢山のお客さんで賑わっていた。
客層はというと、鈴蘭でテッペンとろうと思ってるタイプの客や、車のシートに縛られたまま発進されて首ちょんぱしてしまう系の客や、命の事をタマと呼ぶタイプの和服美人や、唐突に「あんた死ぬわよ」と言ってきそうな占星術系マダムなどなど、いつも個性溢るるラインナップだった。

僕のシフトは、夜のピークが始まろうとする夕方の5時頃からで、休日には昼からも入った。

バイト仲間には、店の近所にある商業高校に通うミカちゃんとアヤちゃん、口を開けばバイクの話しかしない大学生の谷さん、「それ、ロックだね~」が口癖の血の気の多いバンドマンのゲンちゃん、自作の漬物とキムチを何とか店に置きたいと常に画策しているパートのおばちゃんタエさんなど、他にも数名いて、結構大所帯の店だった。


店長の口癖


「これ、特上じゃないやろ!普通のカルビやろ!」
とお客さんの怒号が響く。

日曜日のピークも過ぎた昼下がり。
その日、ホールは僕とアヤちゃんにタエさん、キッチンにゲンちゃんがいた。

いつも特上なんて頼みゃあしない、ちょいちょい来ては管を巻くおっちゃん二人組。

タエさんが負けじと、おっちゃん二人の目の前で伝票を指でたたく。
「いつ特上やら頼みましたかね!ふつ~うのカルビしか頼んじょらんばい!」

客もまばらな店内に、緊迫したムードが漂う。
まずい。

「なんや!それが客に対する態度か!」
タエさんは常に強気の接客なので、こういう事がよくあった。
大抵そういう時に限って、店長は出かけていて不在だ。
アヤちゃんがそっとトイレ掃除に行く。
今か?今行くか?

結局こういう時、ホールにいる男性スタッフが仲裁に入るより仕方ないのだ。そして、僕はその役回りになることが多い。

仕方なくテーブルに向かう。
「申し訳ありま・・」
顔におしぼりが投げつけられた。
「店長呼べ!店長!」

ヒートアップする客。

キッチンからゲンちゃんが
「ロックじゃねえなぁ」
などと、余計な事を言いながら近づいてくる。

頼むから来るな。
これ以上、場を荒らしてくれるな。
そう願ったタイミングで、裏口から戻った店長が割って入ってくれた。

店長がなんとかその場を収め、おっちゃん達が渋々帰っていき、他の客もあらかた引けた後、お説教が始まる。
キッチンで並んで、僕らはよく店長に怒られた。

「タエさんは、なんでいつもいつもお客さんを逆上させるような言い方するの!」

ちなみに店長は、今でいうところのオネエ口調で、筑豊が生んだスーパースターIKKOさんを彷彿とさせる人だった。
大人になった今、テレビでIKKOさんを見かけると思い出す。

店長は怒ると必ずと言っていいほど、語尾に「いいんですか!?」を付ける癖があった。

「そんな接客でいいんですか!」

「そんなオーダーの取り方でいいんですか!」

「そんな掃除の仕方でいいんですか!」

この
「いいんですか!」
が、店長の興奮度合いに応じて
「いいんですかぃ!」
に変化する。
僕にはどうしてもこれが
「in  the  sky!」
に聞こえていた。

「そんな接客でin  the  sky!」

「そんなオーダーの取り方でin  the  sky!」

「そんな掃除の仕方でin  the  sky!」

横に並ぶアヤちゃんに、ぼそっと
「・・・in  the  skyで、いんですかぃ・・」
と小声でつぶやくと、アヤちゃんがブホッ!と吹き出し、店長が更に怒る、という事がよくあった。

のちに店長のお説教の時間を、バイト共通の隠語として「フライト」と命名したのは僕だ。



谷さんとバイク


谷さんはゲンちゃんと並んで、この店でのバイト歴が長かった。

とにかくバイクが大好きで、休憩時間にはチャンプロードとかミスターバイクとかモトチャンプとかのバイク雑誌を熟読しては
「やっぱぁ、男はカワサキやねぇ」
としみじみと言っていた。

とにかく「バイクはカワサキ」の人だった。

ちなみに谷さんの愛車は、当時、スクーターのド定番だったヤマハのジョグZで、谷さんはそれを「タニーJr」と呼んで大事にしていた。

谷さんは県立の大学に通う頭脳の持ち主で、仕事もかなりさばけるので、谷さんとホールに入る時は、いつもよりもテキパキと仕事がはかどって気持ち良かった。
僕もバイクが好きだったから、谷さんとバイクの話をするのは楽しくて、仕事が終わってからも、二人で缶コーヒーを飲みながら、遅くまでバイク談義をする事が結構あった。

バイク以外には興味がないような谷さんだったけど、意外にも女グセが悪かった。
もともとがジャニーズ系のゴローちゃんみたいな顔立ちで、店でもレジを担当した時には、女性客から電話番号を貰ったりしていたので、常々僕はあやかりたいと思っていたものだ。

事件はいつも、休日に起こる。

昼過ぎの、お客さんもあらかたいなくなった店内では、僕と谷さんがテーブルの片づけをして、タエさんが自作のキムチを熱っぽく店長にアピールして、店長は競馬新聞を読んでいた。

それは、まるで突風のような勢いだった。

長身で髪の長いその女性は、店内に入ると、谷さんに向かって突進していた。
テーブルを拭いてた僕が顔をあげたその時には、谷さんは女性の飛び蹴りを食らい、床に倒れかけていた。

「きさん!なんナメた真似しよんかちゃ!!(あなたは、どうしてあんなふざけたことをされたのですか?)」
谷さんの胸ぐらをつかみ、その女性が吠えた。

「オメェ、原チャ潰すか?コラ?アァ?!(あなたの原動機付自転車を解体するといった事も考えますが、どうですか?)」
谷さんが息も絶えだえといった感じで、彼女に土下座する。
「ちょっと!ちょっと、やめなさい!」
店長が、競馬新聞片手に2人の間に割って入り、店の外に連れ出した。

外からは彼女の怒号が聞こえる。
それを聞きながらタエさんは、
「谷くんは一回痛い目みらんといかんねえと思いよったき。良かった良かった」
と自作のキムチを食べる。

アヤちゃんは
「なん?なん?何があったん?」
と聞いてくる。
「アヤちゃん、どこおったん?」
と聞くと
「ん?トイレ掃除しよった」
トイレの女神か。

谷さんは、彼女のほかに2人の女性とお付き合いをしていたという。
いわゆるひとつの三股だ。
あやかりたい。

結局その後、谷さんは3人全員とお別れして、原チャリを死守した。
つくづくこの人クズだなぁと思ったけど、谷さんはその後も相変わらず、バイク雑誌を見ながら
「カワサキ。カワサキこそ男が乗るべきバイクばい」などとのたまっていた。

余談だけれど、谷さんはその後しばらくして、ヤマハのジョグZを盗まれ、一年後に400ccのバイクを購入した。

ホンダのCBRだった。




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