プロポーズをした夜、僕は元カノの夢を見た。

10年付き合った彼女にプロポーズをした夜、僕は中学時代の元カノの夢を見た。
夢の中で元カノは、かつて一緒に帰った通学路の上で、真っ直ぐ僕の目を見ながら笑っていた。

現代にも、呪いはあるんだと思う。
街ですれ違うショートカットで茶髪の女の子が一瞬元カノに見える呪い。
文房具屋に行くたびに彼女が愛用していた薄いピンクのクルトガが目に入る呪い。
地元に帰省するたびに駅前のカラオケ屋で一緒に歌ったYUIの曲をなんとなく聴きたくなる呪い。
プロポーズした夜に、夢に出てくる呪い。
僕は元カノに呪いをかけられている。

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なんてことない別れ方だった。
中学を卒業した僕らは高校が別々になり、最初のうちはメールをしていたけどそれもしばらくしたら頻度が減っていった。
彼女の誕生日の前日、数ヶ月ぶりのデート、なんとなくギクシャクしていた僕らは、なんとなくお互いの高校の話になった。

高校でもテニスやってるんだけどね、人数が少ないから男子と女子が合同で練習するんだー。
ふーん、そうなんだ。
基本弱いんだけど、男子の先輩で一人だけ強い人がいて、この前の総体でベスト4まで残ってたんだよ!
…へえ。
しかもその先輩すごいイケメンでさ、それで優しくて、
…………。

今ならわかる。多分あれは文句を言って欲しかったんだ。
でも未熟で、中途半端で、自信がない僕は、曖昧な相槌しか打てなかった。文句を言わないのが大人だと勘違いをしていた。
後日、メールで別れを切り出された。
僕にはそれを跳ね返すほどの力はなく、手元には情けなさとやるせなさと渡せなかった誕生日プレゼントのイルカの置物だけが残った。
そんな、なんてことない別れ方。なのになんで俺を呪ったんだ?

24歳の頃、飲みに行ったことがある。
友人から元カノが来ることを聞いて、二つ返事で参加を伝え、中学の同級生4人で飲んだ。
大学時代から付き合い始めた彼女がいながらもずっと呪いに苦しんでいた自分は、何かの救いを求めていた。
元凶に会えば、何か変わるかもしれない。

8年ぶりに再会した元カノは、何かに疲れたような顔をしていて、俺の知らない8年間を感じて、少し怖くなった。
近況報告の中で、元カノには年下の彼氏がいることがわかった。僕にも彼女がいることを伝えた。元カノは真っ直ぐ僕の目を見ながら、笑っていた。

トイレに立った時、元カノがついてきた。
背の小さい元カノが上目遣いで聞いてくる。
ねえ、今日なんで来たの?
いや、まあ、元気な姿を見たくて。
ふーん、そうなんだ。
なに、ふーんって。
いや、別に?
男心をくすぐられるっていうのはこういうことなんだと、人生で初めて理解した。背骨がピリピリと音を立てながら痺れてくるのを感じた。
勘弁してくれ。僕は呪いを解きたくて来たんだ。

飲み会解散後、路線が被っていた僕らは友人たちと別れ、2人きりになった。
すぐさま僕に身体を寄せながら、また上目遣いで聞いてくる。
ねえねえ、今日なんで来たの?

ああ、きっとこの呪いは解けない。一生背負って生きていかなくてはいけない。
脳が揺れている。右脳と左脳が戦っている。背骨が痺れている。足が震えている。
元カノは僕を呪っていて、僕は元カノに呪われている。それも一生。
キスをした。

でも、元カノは俺を呪っていなかった。

その後、もう一度、今度は二人きりで会った。
彼氏年下だっけ?どんな人?
会社の後輩なんだよね。なんか少し天然っぽい人。
そうなんだ。楽しそうだね。
そうでもないよ。話が噛み合わないんだ。そもそもちょっとバカっぽくて疲れるんだよね。
へー、それは大変だ。
しかもすごい太ってる。痩せて欲しいって言っても努力する素振りが見えないの。
それはやだね、ポーズくらいは取ってほしいね。
うん、多分君と喋ってる方が楽だし楽しい。
ははは、そうかな。
うん、そうだよ。
今ならわかる。多分元カノは僕に奪ってほしかったんだ。
でも呪いの最中にいる僕はやっぱり未熟で、中途半端で、自信がなくて、踏み込んだ話をしないことが大人だと勘違いして、解散した。
別れ際、元カノはやっぱり真っ直ぐ僕の目を見ながら、笑っていた。

それ以来、連絡は取れていない。
呪いはずっと続いている。
元凶は、俺だった。

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30歳になった。呪いはまだ解けていない。
マクドナルドに行くと、元カノが好きだったアップルパイが目に入る呪い。
高校生カップルを見るたび、存在しなかった未来を重ねてしまう呪い。
月一くらいのペースで夢に出てきて、絶対に存在を忘れさせない呪い。
この文章を、プロポーズの翌日に書かせている呪い。
この呪いは、未熟で中途半端で自信がない僕が、僕自身にかけた「後悔」という名の呪いだ。

僕は呪術師としての才能があるらしいから、君にも呪いをかけさせてもらおう。
今夜君の夢に、僕が出る呪い。
真っ直ぐ君の目を見て、笑ってあげるよ。
それで僕のことを思い出して、朝少し憂鬱になってくれるんなら、呪いを解いてあげよう。

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