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【本を紹介する記事】北森鴻『凶笑面』

圧倒的な取材力と構成力で、いくつもの名作ミステリーを生み出した作家・北森鴻。
その代表作である『蓮丈那智フィールドワークファイル』シリーズは、
女性民俗学者・蓮丈那智と、助手の内藤三國が民俗調査に赴いた先で事件に巻き込まれる民俗学ミステリー。
全5巻発行され、そのほとんどが複数の短編からなる連作短編集です。
民俗学要素がふんだんに盛り込まれ、かつミステリー要素もしっかり楽しめる名作です。
超然として冷静沈着な那智と、お人好しで気が弱い三國。二人を中心に個性的なキャラクターが数多く登場するのも本作の魅力です。

今回は、シリーズ第1巻『凶笑面』に収録された5作品について、そのあらすじと感想を紹介します。

まずはシリーズの中心となる二人を簡単に紹介↓
○蓮丈那智
・東敬大学助教授。中性的な美貌と天才的な頭脳の持ち主。優秀な民俗学者だが、突飛な発想と誰が相手でも臆さない言動のため、学会からは異端視されている。
○内藤三國
・那智の助手。研究室の事務周りの一切を引き受ける。那智を研究者として崇拝しているが、彼女の破天荒さによく振り回されている。


■鬼封会(きふうえ)
【あらすじ】
 那智の研究室に、一通のビデオが届く。そこには実に奇妙な祭祀の様子が映されていた。ビデオが撮影された岡山の旧家・青月家を訪れる那智と三國。調査を進める二人だが、送り主である男子学生が殺害される事件が発生。しかも殺したのは青月家の長女・美恵子だった。
 奇祭「鬼封会」に隠された秘密と男子学生殺人事件、2つの謎に那智と三國が挑む。
【感想】
 記念すべきシリーズ1作目。那智の頭脳が冴える一方、三國のアシストも光っている。三國が鬼封会の解釈を披露し、那智が殺人事件の推理をするなど、二人の役割がうまく噛み合っている回。同情できる点もあるからか、二人の推理も犯人を追い詰めるのではなく、救いにつながるような内容。
 奇祭の謎を、鬼と祖霊信仰を結びつけて解釈するのは面白かった。鬼封会の秘密もおどろおどろしくて好き。

■凶笑面(きょうしょうめん)
【あらすじ】
 研究室に届いた調査依頼の手紙。同封されていた写真には、凶々しい笑みを浮かべた木面が写っていた。
 面が発見された長野県の旧家で調査を始める二人。しかし数日後、旧家の蔵で骨董商が撲殺死体で発見される。凶笑面に隠された秘密と骨董商殺人事件の真相に那智と三國が迫る。
【感想】
 表題作。今回は那智の頭の切れと視野の広さに三國が驚く場面が多い。冒頭から那智に論文を厳しく評価されたりとやや不遇な扱い。「蘇民将来」の解説を披露したことと、那智のバスローブ姿を拝むというご褒美があったのが救いか。
 凶笑面を探る上で、面の起源だけでなく異人殺しのフォークロアを絡めてきたのが面白い。

■不帰屋(かえらずのや)
【あらすじ】
 東北地方にある護屋家を訪れた那智と三國。護屋家の長女・菊恵から調査を依頼されたのは、異様な雰囲気の離屋(はなれ)だった。調査が難航するなか、離屋から菊恵の死体が発見される。離屋の周りは雪で覆われていた。
 「雪の密室」となった犯行現場の謎と、護屋家の離屋に秘められた神事の謎を追う二人。
【感想】
 第1巻の中では一番好きな話。離屋の秘密を徐々に明らかにしていく過程が面白かった。
 これまでは、民俗学的な調査と事件の謎解きがリンクしつつも並行して行われてきたが、今回は事件の背景と離屋の秘密がつながっているので、伝奇ミステリー感が強く感じられた。
 今回、那智が独身であることと、三國がミステリーマニアであることが判明。事件の状況が「雪の密室」だと分かって陶酔感を覚えてしまうほど。

■双死神(そうししん)
【あらすじ】
 地方史家の青年、弓削佐久哉の手紙に誘われて、三國は中国地方の某県に単独で調査にやってきたが、突然現れた〈狐〉と名乗る美女に、不可思議な警告をされてしまう。
 そして遺跡を調査しようとした矢先、その遺跡が崩落。巻き込まれた弓削が死亡してしまう。弓削の真の目的、そして〈狐〉の正体は一体何なのか。三國は合流した那智とともに謎解きに挑む。
【感想】
 古代史の謎をめぐる話。単独ではやや消化不良感があるが、それもそのはずで、蓮丈那智シリーズ唯一の長編・『邪馬台』と、これまた筆者の代表作『冬狐堂シリーズ』と合わせて読むことで本エピソードの裏側を知ることができる。キーパーソンとなる〈狐〉も、実は『冬狐堂シリーズ』の主人公・宇佐美陶子その人。
 ダイダラボッチと古代製鉄の関係、一眼一足と製鉄民とのつながりなど、古代史好きにはよく知られた話が出てくる。

■邪宗仏(じゃしゅうぶつ)
【あらすじ】
 蓮丈研究室に2通の論文が同じタイミングで送られてきた。差出人はどちらも山口県波田村の住民で、村で発見された「両腕のない観音菩薩像」について書かれたものだった。
 差出人の一人、御崎省吾の自宅を訪れる二人。しかし彼は殺害され、しかもその遺体は両腕がもぎとられた状態で発見されたという。
 なぜ遺体は秘仏の姿に見立てられたのか。そして腕のない仏像の正体は何なのか。寒村で起きた怪事件に那智と三國が挑む。
【感想】
 シリーズ全体でも屈指の怪事件。いわゆる「見立て殺人」だが、仏像の腕が無い理由と、遺体が仏像に見立てられた理由の両方を探っていく面白さがある。
 日本・ユダヤ同祖説や隠れキリシタンなど、伝奇ミステリーでおなじみの話題も出てくる。
 セクハラに関して腕っぷしで回避する那智と、喧嘩の仲裁に入って殴られ、しかも気絶する三國が好対照な回。

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