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紀ノ国妖怪考“ヤマオジ”②高知のヤマオジ的妖怪

*続きものです。初めての方はぜひ①からお読みください★

前回は、和歌山に伝わるヤマオジというマイナーな妖怪を取り上げ、その特徴を整理してみた。
特に注目したいのは、「大声で吠える」ことと「笑う」という点。和歌山の他の妖怪にはあまり見られない特徴だと思う。
では和歌山以外の地域ではどうなのか。
そう思って調べていくと、高知県にヤマオジ的な特徴を持つ妖怪がいることが分かった。
彼らのことを知ればヤマオジのことももっと分かるかもしれない。そんなわけで高知県の妖怪を調べることにした。

高知の妖怪

高知県は、民俗学系の雑誌や学会誌、大学の調査報告などで取りあげられる機会が多く、その民俗文化(口頭伝承も含まれる)の資料は豊富だ。
また、妖怪をまとめた書籍としては、江戸~明治時代の文献や新聞記事などに出てくる妖怪譚を集成・分類した『近世土佐妖怪資料』というものがある。
これらの資料を参考に、高知県のヤマオジ的な妖怪を見ていきたい。

○大声で吠える
まず「大声で吠える」特徴を持つものとして、高知には“ヤマジイ”という妖怪がいる。
和歌山のヤマオジに名前が似ていてややこしい。意味はそのまま「山のじじい」だろう。まずはヤマジイがどんな姿なのかを確認する。

或る人が言うには、この一眼の者は土佐の山中で見る人多い。その名を山爺と言う。姿形は人に似ていて背丈は3~4尺ほど。身体の色はねずみ色で毛は短い。顔に目は二つあるが、片方はとても大きくもう片方は小さいため、一見すると一眼に見える。人々は一眼一足と言う。
歯がとても強く、猪や猿などの骨を大根のように食べる。狼も山爺を非常に恐れるため、猟師は山爺を手懐け、獣の骨などを与えて、狼が獣の皮等を狙って夜小屋にやって来るのを防ぐと言う。
(広江清編『近世土佐妖怪資料』、1969年)

一眼一足で背丈はあまり高くないようだ。和歌山のヤマオジは毛だらけの猿のような二足歩行の怪物だと伝わるので、外見的にはあまり似ていないように思える。
ただし、このヤマジイは色んな姿で伝承されているようで、名前の通り「白髪の老人」だったり、「人間の姿に似ている」という話もある。
次に、ヤマジイの行動について触れられた資料を見てみよう。

幡多郡大正村の山奥、葛籠川部落で言われている妖物の一つヤマヂイは、深山に居るもので棲んでいて天地が裂けるぐらいの大声で叫ぶもので、これが叫ぶと生葉が震え落ちると言い、人間の姿に似ているものであると伝え、同じものの女の方をヤマバアと呼んでいる。
(桂井和雄「土佐の山村の「妖物と怪異」」『旅と伝説』15巻6号、1943年)

ここでは「天地が裂けるぐらいの大声で叫ぶ」という描写がはっきりと書かれていて、和歌山のヤマオジと同じ特徴があるのが分かる。
また、「人間の姿に似ている」ためか、ヤマバアという女バージョンもいるそうだ。
次の話は、猟師がヤマジイと「音のしくら」(声の大きさ比べ)をする内容になっている。和歌山とほとんど同じ話が伝わっているのが興味深い。

幡多郡十川村廣瀬では、白髪のヂンマ(老爺)の姿になって出て来ると言われ、昔ある殺生人が山でヤマヂイに出逢い「音のしくらをやろう」と言いかけられ、まず殺生人から「お前が先にやれ」と言うと、ヤマヂイはいずれかへ姿を消して、その叫び声がすると、辺りの木の葉が震えて落ちるくらい激しいものだった。
そこで殺生人は自分の番が来ると、まずヤマヂイを後ろ向かせておき、銃に隠し弾(八幡大菩薩の弾とも言う)をこめて、ヤマヂイの耳元でぶっ放すと「ちっと聞こえた」と言って姿を隠した。(桂井和雄 前掲)

それにしても、木から葉っぱを落とすくらいの大声と言うから凄まじい。
人間の地声などではとても太刀打ちできないから、鉄砲などを使うしかないのだろう。しかも「八幡大菩薩の弾」のように、霊験あらたかな隠し弾を使う。物理的な力ではなく、呪術的な力で撃退するようだ。
私が和歌山で聞いた話の中に、「木こりの七本筋」というものがある。

昔の木挽き(木こり)は、マサカリやヨキ(手斧)の片面に三本の筋(切り返し)を入れ、反対側には四本の筋を入れたと言う。この七本目は魔物を撃退するためのものだそうだ。
山で魔物に出会うとまず片面の三本を見せて「何本だ?」と問う。魔物が「三本」と答えると反対側を見せて、「四本あるぞ。嘘ついたな!」と怒鳴ると魔物は退散する。そんな言い伝えがある。
猟師にせよ木こりにせよ、山で生業をす人々は、こういった魔を退ける方法を心得ていたのだろう。

話は逸れたが、ヤマジイが「大声で吠える」という特徴や、和歌山のヤマオジと似た伝承を持つことを確認してきた。

ヤマオジのもう一つの特徴である「笑う」ことについては、私が調べた資料では、ヤマジイが笑うということを述べたものは見付けられなかった。しかしながら高知には「笑い専門」というべき別の妖怪がいたのだ。
次回は高知県の「笑う」特徴を持つ妖怪を見ていきたい。

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