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【本を薦める記事】小松和彦『神隠しと日本人』

神隠し」は、現代人にも馴染みのある言葉です。
不可解な行方不明事件が起こると「まるで神隠しにあったみたいだ」と言われたりしますよね。
しかし、本当に神様が人を隠してしまったと考える人は、現代では流石に少数派だと思います。


ところがかつて人々の間では、神隠しは神様によって引き起こされるもの、つまり神霊が人を異界へ連れて行くと信じられてきました。
次の話は、長野県下伊那郡上村(現在の飯田市)で、昭和48年頃に採集されたものです。

 上村と木沢部落との境に、中根っちゅう部落があるだに。ある時、中根部落の息子がどっかへ行っちまっておらんくなったことがあってなあ、近所の衆は心配して村中探したんだに。けえど、二日たっても、三日たっても一週間たっても見つからなんだんな。そうして、とうとうその息子は、それっきり姿をあらわさなんだもんで、みんなは天狗様に連れていかれちまったんだっちゅって噂したんだに。
 以後、悪い事をすると天狗様に連れて行かれちまうっちゅって、子供たちに言い聞かせたもんだに。こりゃあ、今から40年前くらいに話だに。
(『神隠しと日本人』P.29  元話は上村民俗誌刊行会編『遠山谷の民俗』1977年)

採集から逆算すると、この神隠し事件が起こったのは昭和初期の頃。
今からほんの百年前までは、神隠しは実際にあったことだと認識されていたのです。


「天狗が人をさらうなんて迷信だ」と切り捨てるのは簡単ですし、この事件をもっと合理的に解釈することもできるでしょう。
しかし、「なぜ昔の人々は行方不明事件を神隠しと解釈したのか」「どうして天狗が人をさらうと考えたのか」「失踪者はどこに行ったのか」ということを深く考えていくと、
民俗社会(=ムラ社会)の人々が神隠しに抱いてきたイメージ、神隠しに秘められた日本人の精神性が浮かび上がってきます。


今回紹介する『神隠しと日本人』は、全国の神隠し譚や民話、昔話などの資料を丹念に読み解きながら、「日本人にとっての神隠しとは何なのか」という問いに答えていく本です。
筆者の小松和彦氏はメディアでもおなじみの民俗学者。妖怪研究の第一人者でもあります。
本書は神隠しを民俗学的な視点から分析した本格的な論考ですが、内容は分かりやすく、妖怪の話などもたくさん出てくるので読んでいて楽しくなります。


私が本書を読んだのは高校生くらいでしたが、
ほんの百年前の人々は神隠しや妖怪を信じていて、全国各地に神隠し譚が伝わっている(しかも実話として!)という事実がまず驚きでした。
さらに、そんな「お話」を研究対象として、そこから日本人の精神性を探っていく、民俗学という学問自体に非常に興味を持ちました。


この本を読めば、豊富な神隠し譚と独自の切り口による分析を楽しめ、そして「日本人にとっての神隠しとは何か」に対する筆者の”答え”に驚愕します。
読み終えたあとは、民俗学に強い関心を持つことになるでしょう。


読み物として面白いだけでなく、民俗学を知る入門書としてもオススメの一冊です。

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