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紀ノ国妖怪考“ヤマオジ”④ヤマオジはどこから来たのか

今回で最終回になります。

*続きものです。初めての方はぜひ①からお読みください★

ヤマオジとは何なのか?

前回まで、和歌山のヤマオジと高知のヤマジイ、そして笑い女の特徴を確認してきた。
それぞれを外見と行動に分けて整理すると下の表のようになる。

ヤマオジとヤマジイを比較すると、「大声を出す」「吠え比べをする」という共通点があり、どちらも魔よけの弾を鉄砲で撃って退散させる話が伝わっている。外見があまり似ていない点は気にしておくべきだけれど、やはり両者には何かしら関係があると思われる。
一方、笑い女とヤマオジの共通点は「笑う」という部分のみ。外見は違うし、他の特徴も似ている部分は少なそうだ。

ヤマジイと笑い女は同一人物か?

視点を変えて、ヤマジイと笑い女を比べてみると、あることに気が付く。
「叫ぶ」と「笑う」の違いはあるけれど、どちらも周りが震えるくらいの大声を出すという点が共通している。その姿よりも「声」という部分に焦点が当てられていると思う。
そして高知には姿が見えずに声だけが聞こえる怪異がいくつか伝わっていることに注目したい。

まず紹介するのは、桂井和雄の報告にある「オラビ」という怪異の話だ。

オラビ:幡多郡富山村常六で言うものである。姿の見えぬもので是が叫ぶ(おらぶ)とあたりの生木の葉が散ると言う。
(桂井和雄「土佐の山村の「妖物と怪異」」『旅と伝説』15巻6号、1942年)

姿こそ見えないが、「おらぶと生木の葉が散る」という特徴はヤマジイと同じだ。
次は、再び桂井の報告からオラビと同じような怪異を見てみよう。

ヤマヒコ:幡多郡橋上村楠山ではヤマヒコの怪を言う。昼夜にかかわらず深山で突然聞こえる恐ろしい声であると言う。
ヤマナリ:土佐山村や長岡郡吉野村で言うもので、深山で突然ドーンと恐ろしい声のする怪異であると言う。
(桂井和雄 前掲)

これまで見てきたオラビ・ヤマヒコ・ヤマナリは、音だけの怪異として語られているが、内容はヤマジイと共通点が多い。もしこの話に「一眼一足の怪物」や「白髪の老人」などが出てくれば、そのままヤマジイの伝承としても違和感がない。

笑い女についても、姿がなくて笑い声だけが聞こえるという伝承がある。

笑い女:幡多郡橋上村や土佐山村で採集したもので、夜の深山で姿を見せずゲラゲラと笑い声のする不気味なものである。……(桂井和雄 前掲)

また、次の話のように笑い声だけが聞こえる怪異もある。

按摩さんがおりましてねぇ、夜中に越知面から檮原の町の方へ帰って来よったそうです。途中にねぇ、親が淵というて、夏でも通るとサーッとひやいぐらいの冷気がくる所があるんですよ。道路のそばに水がザーッと落ちております。そこをねぇ、越知面から杖を片手にとぼとぼ帰って来よったところが、妙になにかしら普段より異様な冷気がはしった言いますがねぇ、親が淵の所まで来ると。
すると、雷の割れるような声でねぇ、「ウァハッハッハ!」いうて、身の毛のよだつような声がしてね、そこに笑いがおったと。
もうその按摩さんは、履物もなにもぬぎ捨てて、ふだん何十分もかかって帰るところを、杖で岸をバンバン叩いてねぇ、そうそうに帰って来たということを聞いたことがあります。
(常光徹編『土佐の世間話』、1993年)

この話では姿の描写はないが、恐らくこの怪異はそもそも声だけのものだったのではないだろうか。

ここまでを整理すると、ヤマジイも笑い女も、元々は「山中で聞こえてくる声の怪異」(オラビや笑い声の怪)がルーツにあったと思われる。
それが何かのきっかけで、「大声」と解釈されたものはヤマジイ、「笑い声」と解釈されたものは笑い女というふうに、具体的な姿を持つようになったのではないか。
それでは、その具体的な姿を持つようになった背景とは何だろう?

笑い女については、山女郎という妖怪の伝承があって、それと「笑い声の怪」が混ざって語られるようになったのではないか、と私は思っている。
山女郎とは四国全域に伝わる妖怪で、山中で出会う美女だと言う。男を見るとニコニコ笑いながら近づいてくるが、笑い返すと命を失ってしまうそうだ。
高知県にも、炭焼き小屋に山女郎があらわれて、ケタケタ笑いかけてくるが、笑い返すと食われるという話がある。(『土佐の世間話』)

ヤマジイの場合は、大声を出したり吠え比べをしない伝承があることに注目したい。前に紹介した『近世土佐妖怪資料』の再掲になるが、ここではヤマジイの特徴がこれまで見てきたものとは異なって語られている。

或る人が言うには、この一眼の者は土佐の山中で見る人多い。その名を山爺と言う。姿形は人に似ていて背丈は3~4尺ほど。身体の色はねずみ色で毛は短い。顔に目は二つあるが、片方はとても大きくもう片方は小さいため、一見すると一眼に見える。人々は一眼一足と言う。
歯がとても強く、猪や猿などの骨を大根のように食べる。狼も山爺を非常に恐れるため、猟師は山爺を手懐け、獣の骨などを与えて、狼が獣の皮等を狙って夜小屋にやって来るのを防ぐと言う。
(広江清編『近世土佐妖怪資料』、1969年)

これ以外にも、ヤマジイが牛方を襲い逆襲される話や、焚火に当たっている山師の元にやってきて、餅の代わりに焼けた石を食べさせられる話もある。
ヤマジイは大声で吠えたり吠え比べをしたりするだけではなく、色んなことができる芸達者な妖怪だったと言える。
これはつまり、山に棲む怪物としてヤマジイの伝承が元々あり、恐らく天狗などと同じように「山の怪しい出来事はこいつの仕業」と解釈されてきたのではないか。
だから、大声の怪異についても「恐らくヤマジイに違いない」と人々は判断した可能性がある。

ヤマオジは高知からやって来た?

いよいよヤマオジの話になる。
最初に言ったように、ヤマオジはヤマジイとかなり似通った特徴が語られていて、何かしらの関係があると思う。和歌山には「声だけの怪異」があまりないことを考えると、高知からヤマジイの話が伝わった可能性もある。
しかしそうなると、「ヤマジイには笑うという特徴がないのに、なぜヤマオジにはあるのか?」という疑問が湧く。
ヤマオジの「笑う」特徴がヤマジイ由来ではないとすると、別のルーツを考えてみるしかない。
ヤマオジの外見が猿に近いこと(実際、猿が年を経たものと言われる)、笑うという特徴から、私は狒々という妖怪をイメージする。

この狒々がどんなヤツなのかと言うと、『和漢三才図絵』という江戸時代に編纂された百科事典に、中国の『本草綱目』を引用する形で詳しい説明が載っている。

狒々は西南夷に棲息する。形は人のようで、大きいものは一丈あまり。身体は黒く毛で覆われ、毛髪は自然のままに垂らしている。人に似ているが唇が長く、人を見ると良く笑う。笑うと唇が目を覆ってしまう。人を捕まえるとまずは笑ってから食べる。
(村上健司『妖怪事典』、2000年)

ここで「笑う」という特徴を狒々が持っているのが確認できる。また、外見もヤマオジに似通った部分がある。
私が調べた限り、和歌山に狒々の伝承はなかった。しかし他県の狒々に関する伝承には「猿の年を経たもの」や「体には松の脂を塗って河原の砂を付けて固めた」という特徴が語られているものがある。これなどは最初に紹介した、南方熊楠のヤマオジに関する説明とほぼ同じ内容だ。

つまり、和歌山に狒々の伝承があり、それが高知から来たヤマジイ伝承と混ざり、今のヤマオジのイメージが出来上がったのではないか。というのが、私のヤマオジ伝承の結論だ。

これまでの話をまとめると、下のヤマオジのルーツは下の図のようになる。

和歌山のヤマオジはヤマジイの系譜であり、高知の血が流れている(?)可能性がある。

しかし、高知からヤマジイの話が和歌山に伝わったのかどうか、本当のところははっきりしない。全く別の地域から伝わった伝承が、和歌山や高知で形を少し変えながら語り継がれてきた可能性も当然ある。
話の伝播を詳細に分析するのは難しく、私などはそこまで考察する力量がないので、ヤマオジ伝承の一つの可能性を整理したということで、今回の考察を終えたい。

これまで四回にわたって、ヤマオジという妖怪についてツラツラと考えてきた。
集めた伝承について他の話と比較しながらあれこれ考えるのはとても楽しい。引き続き、色んな伝承について考察していきたいと思う。
(終わり)

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