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紀ノ国妖怪考“ヤマオジ”③笑う妖怪たち

*続きものです。初めての方はぜひ①からお読みください★

前回は、和歌山のヤマオジが持つ「大声で吠える」特徴について、高知県のヤマジイという妖怪との共通点を確認した。
しかし、ヤマオジのもう一つの特徴である「笑う」については、ヤマジイの伝承の中には見つからなかった。
実は高知には、「笑う」特徴を持つ妖怪が別にいることが分かった。今回は、そんな笑う妖怪にスポットを当てていきたい。

○笑う妖怪
まずは、前回も参考にした『近世土佐妖怪資料』から見てみよう。
それによると、土佐には三大妖怪という存在がいて、勝賀瀬山の赤頭、本山の白姥、そして、山北の笑い男がいるそうだ。

ある日、樋口関太夫という船奉行が、狩りをするために山北の山に入ろうとすると、そこにいた百姓達が言うには、
「今日は山に入らん方がエエです」
「この辺りじゃあ一九十七と申しやして、月の一日と九日、十七日にこの山へ入りやすと、必ず笑い男に遭うて、半死半生になると言われておりやす」
これを聞いた関太夫は、
「我らの役目に2月9日に船を出さないということはあるが、山へ入ってはいけない日というのはないものだ。今日は九日だが、何の遠慮もいらぬ」
と家来一人を連れて山に登った。山腹を往来して雉を狙っていたが、一町ほど向こうの松林から、十五、六歳の小童が出て来て、関太夫を指さして笑ってくる。
次第にその笑い声は高くなり小童が近づくほど、山も石も草木も皆笑っているように見え、風の音や水の音まで大笑いに響いてきた。
関太夫と家来は坂を下りて逃げ帰った。この時、笑い声は近隣までも聞こえたという。家来は麓で気絶してしまった。関太夫は百姓に助けられて帰宅したが、数年後に病死するまで、耳の底にその笑い声が残っていたと言う。

なかなか不思議で不気味な話だ。「山も石も草木も皆笑っているように見え」と言うのは、笑い声が大きくなって、周りの木や岩まで響いて揺れるくらいになったということだろう。
山に入ってはいけない日というのも興味深い。和歌山の山間部にも「山の神様の日」と言うのがあって、その日に山に入ると、山の神様に木にされてしまうという伝承がある。
また、面白いことに、『土佐化物絵巻』という書物には、これと全く同じ話が載っているが、そこに出てくるのは笑い男ではなく、笑い女になっている。
こちらの笑い女の方が、高知ではポピュラーなようで、他にも色々な話が伝わっている。

笑い女は奥山に於いて男の通行を見れば来たり、初めはニコニコするも次第に声を出して笑い、終いには山谷皆響くと言う。
(高村日羊「妖怪」『民間伝承』20号、1936年)

こちらは長岡郡国府村(今の南国市)辺りの伝承らしい。山北の笑い男/笑い女(面倒くさいので以降は笑い女に統一)の話と同じく、次第に笑い声が大きくなっていくそうだ。
もっと民話テイストな話もある。次の例は、桂井和雄の報告だが、安芸郡和食村(今の安芸郡芸西村)の古老から聞いた話だと言う。

昔、安芸の山奥に山師がいたが、仕事の合間に尺八を吹くのを楽しみにしていた。ある晩、山師が自分の小屋で尺八を吹いていると、三十歳位の美人が子どもを連れてやってきた。「私は山に棲む者だが、あなたの尺八を聞きに来た」と女は言う。

「それぢゃァまァ上がりなされ」
内へ招じて、笛を吹いたと。しばらく尺八を吹きよったが止めちょいて、
「山の人ぢゃと言うが、どなたと言う人だのーし」と問うと、
「わたしは、山に棲む笑い女と言うものです」と言う。
山師はそこで笑い女と言うからにゃ、どんなに笑うだろうと思って、
「尺八を聞かしてやった代わりに、おまえさんの笑いを聞かしてくれまいか」と言うと、女は「はい」と答えて笑い出し、初めのうちは、ニコニコしちょいて、次にゲラゲラ、キャアキャアキャアと次第に笑い声が大きうなって、しまいにはもの凄い笑いになってきた。
笑い声が山から谷へ響いて、あたり一ぱいがうどむようになって来たので、恐ろしうなって
「止め、止めてくれェ」と大声で怒鳴ったけれども、聞こえんように笑いこける。……
(桂井和雄「土佐の國土佐山村の昔話」『旅と伝説』16巻5号、1943年)

この後、山師が大鋸を放り投げたが、女は煎餅のようにバリバリと食べてしまった。山師は手斧や鉈など身の回りの物を投げつけたが、女は全て平らげてしまった。
もはや絶体絶命!となった時に、山師の脇差の柄に貼ったお守りが鶏の声を発して、笑い女はどこともなく消えてしまった。
男はそれ以降うんと信心深くなったと言う。

緊迫感がありながらどことなく幻想的で面白い話だ。笛を聞きにやって来る、子どもを連れている、金物を食べるなど、色々な怪異譚や伝承の要素が混じっているように思える。人々に長い間語り継がれてきた話なのではないだろうか。

ともかく、人を見ると笑い、その笑い声が徐々に大きくなって周囲を震わせるくらいにまでなると言うのが、この笑い女の特徴と言える。
以上、和歌山のヤマオジの「笑う」という特徴について、高知では笑い女と共通点が見られることが分かった。

今までの話を整理すると、ヤマオジの持つ二つの特徴(①大声で吠える、②笑う)については、高知ではそれぞれ別の妖怪が対応している。
 ①大声で吠える──ヤマジイ
 ②笑う──笑い女

ここで気になるのは、ヤマオジと、ヤマジイ・笑い女の関係性だ。
ここからはただの思い付き、妄想に近い話になるが、自分なりに彼らの関係性を考えていきたい。
次回、まずはヤマジイと笑い女の比較をしながら、その関係を整理し、次にヤマオジとの関係を考えてみる。

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