見出し画像

【レビュー】『変異する資本主義』中野剛志著―戦争が経済を変える―


Mr.Childrenが「資本主義にのっとり 心をほっぽり 虚栄のわが日本です」(「傘の下の君に告ぐ」)と歌ったのは1997年のこと(この時代のミスチルは最高に「ロック」だった)。

あれから約四半世紀。「資本主義」が、かつてない変異を遂げようとしている。

どんなふうに変わりつつあるのか?
また、なぜ変化が起きつつあるのか?

こういった点を解き明かしていくのが、今回紹介する本『変異する資本主義』だ。

反新自由主義の動き

過去30~40年の間、主に先進国では新自由主義的な考え方が主流だった。
新自由主義によれば、緊縮財政や民営化、規制緩和、福祉削減などの政策が正しいとされる。

しかし、近年は明らかにその流れが変わりつつある。
2008年の金融危機やその後の長期停滞に対し、新自由主義的な政策はほとんど無力だったからである。

そのため、2010年代に入ってからは、財政健全化よりも財政出動を優先すべきというように、(欧米の)主流派経済学者の間でも考え方が変わりつつある。

だが、主流派経済学者が多少考え方を改めたところで、根本的な問題解決にはならない。
なぜなら、主流派経済学や新自由主義的な考え方・政策そのものが経済を不安定化させ、長期停滞を招いたからだ。

特に金融化の進展は、経済に決定的なダメージを与えたという。
恐ろしいことに、金融化は資本主義をとことん突き詰めた結果起こったものなので、資本主義は進展すればするほど自滅へ向かうということだ。

これを防ぐには、最低でも「財政健全化」のような目標を捨て、大規模な政府支出によって経済を下支えしなくてはならない。
こうした政府による大規模な経済介入を、中野氏は(経済学者シュンペーターの言葉を借りて)「酸素吸入器」つきの資本主義と呼ぶ。

資本主義はいまや(大きな政府という)「酸素吸入器」なしでは機能しないということである。

中国という脅威

新自由主義が長期停滞の原因だとしても、いきなり政策を転換するのは容易ではない。
バイデン政権をはじめ、各国が反緊縮に転じ始めた背景には、何らかの大きなきっかけがあるはずだ。

端的に言えば、その一つはコロナウイルス、そしてもう一つは中国という存在である。

本書では特に、中国の影響について詳しく解説している。
中国の国力が上がり、軍事面でも経済面でもアメリカを脅かす存在になったことで、アメリカは(これまでの反省を踏まえ)新自由主義からの転換を目指すようになった。

中国がここまで大きな脅威になった背景には、戦争に対する独特の考え方があるという。

中国の場合、「戦時」と「平時」というように時代を区別せず、常に何らかの形で相手国に脅威を与えようとする。
たとえば、経済制裁や情報操作・世論への介入(メディア戦略)などだ。

さらに軍事面でも、正規の軍隊だけでなく、「国籍を隠した不明部隊を用いた作戦」などを平気で行う。
経済面でも、常に共産党をトップとした戦時統制経済を平時の経済と融合させている

このように、平時と戦時の境界をあいまいにし、あらゆる手段を使って軍事的な力を強化できる中国の体制を、中野氏は「ハイブリッド軍国主義」と呼ぶ。

当然、日米欧のような民主主義国は、ハイブリッド軍国主義など採用できない。
そのため、表面的な経済力や軍事力以上に、安全保障面で中国が優位になってしまうのである。

こういった現状を踏まえ、中野氏は政府の統治能力を高めない限り、日本は衰退していくと結論づける。
しかし、長年の新自由主義的な改革により、政治や行政の統治能力は徹底的に破壊されてしまったともいう。

つまり、日本は衰退していく可能性が非常に高いということだ。


中野氏の本はこれまでほとんど読んできたが、その圧倒的なリサーチ力と分析能力には毎度驚かされる。
そしてたいてい、結論が悲観的である。

しかし、過度に悲観を煽っているわけではなく、客観的に分析すればするほど残酷な現実が浮かび上がってくるため、悲観的にならざるを得ないということだろう。

おわりに―「新しい資本主義」は脅威と隣り合わせ―

今回は中野剛志著『変異する資本主義』を取り上げた。

岸田首相は「新しい資本主義」、「新自由主義からの転換」といったスローガンを掲げているが、本書を読むと、これらのスローガンが持つ本当の意味が浮かび上がってくる気がする。

それは、コロナウイルスや中国という脅威と戦うための「酸素吸入器付き」の資本主義にならざるを得ないのではないか、ということだ。
もっと言ってしまえば、経済活動に政府が介入する度合いが高まるという点で、社会主義に近づくことを意味する。

また、ハイブリッド軍国主義の中国に対抗する必要性が高まっていること、そしてコロナウイルスに対し、各国首脳が「戦争」にたとえて大規模な財政支出を行ったことを踏まえると、「戦争」によって経済や資本主義は変貌すると言えるだろう。

少なくとも、「新しい資本主義」とは、単に分配を手厚くするといった生易しいものではなく、さまざまな脅威と対峙しながら、(財政政策を中心とする)国家の力を最大限に発揮しなければならない、シビアな経済体制だということだ。

ウクライナ情勢が深刻化したこともあり、最近は安全保障に関する議論が活発になっている。

安全保障について考えるのであれば、軍事だけでなく経済面も考慮しなければならない。また経済について考えるなら、国家や軍事という要素を踏まえなければならない。

両者の密接不可分な関係を明らかにする本書は、安全保障の脅威が否応なく高まっている今だからこそ読まれるべきだろう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?