冷たい冷蔵庫(1年間の冷蔵庫なし生活を経て)

2年前ぐらいの話だ。
冷蔵庫を開けると中が常温になっていた。
よくコンセントが抜けてることがあるのだがどうやらそうではない。
何度コンセントを挿し直してもダメだ。
こういうことが起きると一旦放置したくなる俺であるが、冷蔵庫は死活問題だ。

なんとかネットを駆使して原因を突き止める。
どうやらモーターが高温になるのを防ぐための安全装置が常に作動してしまい、温度が下がらなくなったらしい。

保険適用が行けそうな感じで家電量販店に確認を取ると、加入してないとのことだ。

こんなにも過去の自分を恨んだことはない。

なにやってんだ馬鹿野郎。
こういう時のための保険だろうが。

こうして三種の神器のひとつは、ただの箱と化したのだ。
冷たくない冷蔵庫なんて。
この箱をどうしたものか。

この時期、俺は引っ越しを考えていた。
新しい冷蔵庫を買うべきか。
んー。
一旦保留で。

ただ問題なのは、引越しの目処というかそもそも引越ししたいなぁぐらいで別に何も決まってなかった。

とりあえず全てを保留にした。
こうして無期限の冷蔵庫なし生活が始まる。

始まったのだが。
慣れとは怖いもので2週間も経てば冷蔵庫なしの乾物生活に何も思わなくなる。

毎日乾麺のパスタを茹でていた。
1日に別のソースを使って2食食べることも。
俺はイタリアンで働いているから賄いもパスタだ。
麺は店と同じものを家でも食べていた。
イカれていると思う。
俺は毎日同じものを食べることにそんな抵抗がない。
毎日タコライスを食っていた時期もあったっけ。

なんの抵抗感もないからか、あたかも冷蔵庫が家にあるみたいな顔をしながら日々が過ぎていく。
冷蔵庫なんかなくても生活できるという自信すらあった。

ただ冷蔵庫へのリスペクトはすごいある。
俺は冷蔵庫がないからこそ、そのありがたみを知っている。
無くてもいいものではあるのだが。

数ヶ月が経つと引越しの目処が立つはおろか、もう引っ越したいと思うことも無くなった。
「じゃあ冷蔵庫買え」という話なのだが、そんなに人間は合理的ではない。

めんどくさいんだよ、冷蔵庫捨てるの。
あとは冷蔵庫に金を割くぐらいなら。というのもあった。

こんな具合なのだが、この乾物生活は急に幕を閉じる。

ある朝。
騒がしい女の声で目が覚める。

「...ご家庭内でー、ご不要になりましたー...」

眠いのにうるさいなぁ。
珍しいな今どき。
令和だぞ。
実家にいた頃はよく聞いていたから懐かしさすら感じた。

ん?まてよ。
これ冷蔵庫回収してもらえんじゃね!?!?
いや、まてまて。
眠い眠い。無理無理。
おやすみ。

こんな運命的な廃品回収車、次回いつ来るかわからないのだが、睡魔に抗えるわけもない。

音が遠のいていくのがわかる。
それとともに俺の意識もまた眠りの中へ消えていく。

ところが不思議なことが起こる。
また音が大きくなるではありませんか!
次回の廃品回収車がこんなにも早く来るとは。

なんとなく分かってはいたんだけど、うちの前の道は軽自動車でも曲がらないほど狭い角がある。
おそらく運転手は土地勘がない人間なのだろう。
こんな運命的な廃品回収車は2度と来ないだろう!
ん?さっきも言った気がする。
まぁいい。

今度こそ運命を感じた俺は布団から飛び出した。外へ出ると目の前には少し困った表情のお兄さんが車をバックで戻していた。

スピーカーから出てる声は女性だったのになぁ。
まぁ別に女性の声だから釣られたわけでないし。
まじでまじで。

こうして冷蔵庫を引き取ってもらうことに成功した。
少しぼられたような気もするが、いま冷蔵庫がなくなることの方が大事だ。

1週間もしないうちに新しい冷蔵庫を家に迎える。
乾物生活との別れは突然であったが、清々するとも名残惜しいとも思わない。
数えたら1年も乾物生活をしていた。

のちにこれを"カメラのない黄金伝説"と名付けた。



——冷蔵庫が冷たい。

この感覚は久しい。

冷たい冷蔵庫に心が少し躍る。
「ありがたい、助かる」などの声が湧き上がる。
買った食品を何日か保存できるし。
作り置きなんかしちゃったり。
好きなときに牛乳だって飲めちゃうよ。
あと冷凍庫?なんかすっごい冷気。

気付いたのだが、あまりにも冷蔵庫なし生活に慣れすぎていた。
冷蔵庫があるのは当たり前だけど、ないのも別に当たり前という価値観になってしまった。

この感覚を持ってしまったのは俺だけではない。

俺の家は友達の溜まり場になることがよくある。
乾物生活時代は、お酒を冷たくする際、その辺のお店からもらった発泡スチロールの箱に氷を入れれてクーラーボックスにしていた。
冬は酒を外に出しておけばいい。
俺は冬を冷蔵庫として使っていた。
無料の冷蔵庫だ。

そんな飲み会を半ば強制的にさせていたし、飽きるほど冷蔵庫の話題にはなった。
「早く買えよ」という真っ当な指摘を受けることもしばしば。

新しい冷蔵庫を買ってから半年は経つだろうか。
いろんな友達が家に来るものだから、
つい先日も冷蔵庫の話題になった。

「冷蔵庫じゃん!」
「冷蔵庫冷たい」
「本当に動いてるね」

こんな気色の悪い会話が生まれてしまったのは俺のせいだ。
冷たくない冷蔵庫という化物を置いていたがために。。
みんなごめん。
使える冷蔵庫がない家が存在するという価値観がみんなに芽生えてしまった。

新しい冷蔵庫を見て心躍る友達は、まるで昭和の高度経済成長期を目の当たりにしているようであった。

冷蔵庫なんかあった方がいい。
これだけは身をもって断言できる。
説得力が違うだろう?

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