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自主退職との扱いになるはずが解雇とされた例

今回は、従業員が退職の意思表示をした、あるいは、企業が退職届を出してと言ったパターンの退職の取り扱いについての話です。

1 自主的な退職か解雇かの例

【事例1=株式会社丸一商店事件・大阪地判平10.10.30労判750号29頁】

企業(被告)の言動


 「新しい事務員も雇ったことだし、残業をやめてくれ。残業をつけるのならその分ボーナスから差し引く」
「来月から残業代は支払えない。残業を付けないか、それがいやなら辞めてくれ」

従業員(原告)の言動

 「それでは辞めさせてもらいます」

2 事例1の裁判所の判断

 「原告は、被告が今後残業代は支払えないと告げたのに対し、それではやっていけないと考え、自ら退職の意思表示をしたものと一応いうことができる。
「しかしながら、被告の発言は、残業手当の請求権を将来にわたり放棄するか退職するかの二者択一を迫ったものであって、かかる状況で原告退職を選んだとしても、これはもはや自発的意思によるものであるとはいえないというべきであり、右被告の発言は、実質的には解雇の意思表示に該当するというべきである。」

裁判所は、解雇と判断したものですが、

「かように解しないと、使用者は、従業員に対し、労基法に違反する労働条件を強要して退職を余儀なくさせることにより、解雇予告手当の支払いを免れることができるようになり、相当でないから」

と述べています。

結果、被告は、解雇予告手当の支払いも命じられています。

3 退職勧奨か解雇かの例

【事例2=株式会社東亜シンプソン事件・東京地判平21.3.27ウェストロー2009WLJPCA03278038】

従業員(原告)の言動

 有給休暇の取得緩和ないしは明確な基準を設けてはどうか、賃金を減額するのなら根拠を明確にするため財務諸表を公開してほしい、変形労働時間制の定めが不適切ではないか、管理監督者に当たらないので時間外手当を支払ってほしい、、原告のこれまでの減給の根拠を文書で示してほしいなどと要望を被告代表者に伝えた。

企業(被告)代表者の言動

 「何を言っているんだ。そんなばかなことはない。そんなことを主張すると君は後で笑われるぞ。」
 「当社は大変厳しい状況にあるので、X君は退職届を出してください」

原告の言動

 「私は、働く気満々です。やむを得ず解雇だというのであれば、そちらこそ解雇の通知を出してください」

被告の言動

 「あなたに出す文書は一枚もない」

4 事例2の裁判所の判断

 「被告は、労働条件の改善を訴えた原告を嫌悪して退職を迫ったものと認められ、これが代表者自らによって行われたこと、その語調の厳しさに照らすと、単なる退職勧奨ではなく、解雇と評価すべきである」

結果、解雇予告手当の支払いが命じられています。さらに、解雇に至った被告の態度が悪質であり、不法行為を構成するとして、精神的慰謝料50万円の支払いも命じられています。

5 2つの事例から言えること

取り上げました2つの事例に出てきたような発言をすると必ずしも解雇との評価になるわけはありません。事案ごとに見なければならず、当事者の意思表示によっては同じに扱っていいとは限らないからです。

たとえば、事例2東亜シンプソン事件では、経営トップの強い発言であることが重視されていますが、じゃあ、強く言わなければいいと言うわけではありませんし、課長レベルが言えば解雇にならないということでもありません。

問題なのは、従業員からは「辞める」との意思表示がなされていない状況で、企業から「退職届をだせ」との趣旨の発言を言っていることにリスクがあることです。

今回のように解雇にあたらないとしたとしても、退職勧奨の意思表示にあたる可能性があります。退職勧奨は解雇と同じく、退職理由の土俵では、「企業からの働きかけ」にあたる行為であることに変わりはないわけです。

丸一商店事件では、退職か労基法にあたる残業代なしで働くかという選択させることを企業が発していることが指摘されています。では、法律違反にならない選択肢なら解雇にあたらないということではないわけです。

二者択一パターンの例ではありますが、問題なのは、どちらも選んでも従業員に不利益になる選択を企業が迫った行為にリスクがあることです。

従業員が退職の意思表示をしていても、意思表示の過程における企業の行為に問題があることで、従業員の自主退職にはならないこともあるわけです。

従業員が退職届を提出したり、自ら「辞めます」と言ったりした事実があると、すべて自主退職、あるいは、自己都合退職、あるいは、一身上の都合による退職などになるわけはないということは一つ押さえておくべきかと思います。

これらの区分や趣旨については、退職理由の話の際に幾度か取り上げることになるかと思いますので、今回は割愛させていただきます。

小職は、労務管理、労務対策、あっせんにおける紛争解決代理などを行ってきた中で、今回の事案のようなことに多く向き合ってきています。中身を仔細にみれば、企業の言動によって、企業の言動があって、従業員の退職届の提出や「辞めます」の意思表示になったとも受け止められ、そのような主張になり得ることが企業リスクになることを説明させていただくことも多くあります。

企業の言動がその要素になっていると考えられる場合には、企業が引き出した従業員の退職の意思表示と考え、つまり、従業員からみると不本意退職や非自発的退職なのですが、辞職とは評価されない可能性のあることを指摘することもあります。つまり、今回の2つの事例のように、解雇と評価されるリスクがあるということです。

そうしたリスクを前提にしても、今回、取り上げました丸一商店事件や東亜シンプソン事件のような例が現場で起こった場合には、非常にグレーな世界になります。ゆえに、留意してかかる必要があるわけです。企業の考えと逆の評価になることを想定する必要があるからです。

通り一遍等に辞職と扱おうとすると、解雇になる要素を含んでいることになりかねません。ここが、非常に留意しなければいけない箇所であるとつくづく思う次第です。

厚生労働省の紛争の統計でも、パワハラについで、自己都合退職問題が多いという現実があります。こうした退職か退職勧奨か解雇かの素材は、今後も随時取り扱っていきたいと思います。

【特定社会保険労務士 亀岡 亜己雄】

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