見出し画像

ついに見つけた話。

ついに見つけた。見つけることができた。

他のものなら、ある程度は見つかっていた。これならあの店、これならあの店、と、ある程度は決まっていた。

だが、これだけはなかなか見つからなかった。蕎麦屋には当たり前に並んでいるし、これの専門店を知らぬ訳でもない。

だが、どこで食べても、不満が残った。特に複雑な料理でもなかろうし、細かな違いはあれど、基本的にどこで食べても同じ味だ。私はそこに、物足りなさを感じていた。

これではない。もっとないのか。もっと、私に”しっくり”くるそれが。

昼食をとろうと駅前をうろうろしているとき、私は見つけた。ずらりと並ぶ客と、その前に堂々と居並ぶ天ぷら各種。店内では、白割烹着を着た卵のような形のおばさんたちが、あっちへこっちへ活気よく働いている。

いいじゃないか。今日はここだ。

客の列の最後尾に並ぶと、うきうきしてきた。もしかしたらついに、私は見つけてしまったのかもしれない。

いやいや、ダメだ。期待してはダメなのだ。それで何度がっかりさせられてきたことか。

やっと自分の番になり、私は受付口で、できるだけ平静を装って言う。

「天丼、ひとつ」

その時、奇妙なことが起きた。白割烹着に白三角巾、そして白マスクに覆われた卵のおばさんの、唯一見えている目が、怪しげに細くなったのだ。

「……ああ」

おばさんは小さく、そう言った。目だけで感情を読み取るのは意外と難しい。だがその「ああ」には、何か通常ではない感情が入っているように、私には感じられた。まさか、私は何らかのタブーに触れたのだろか。

次の瞬間、まるで今のやりとりが嘘だったように、卵のおばさんはコロコロと動き始める。そして、私のおぼんの上に、丼に並々と盛られた白米を、ドンと置いたのである。

「あとはそっちで、ね」

おばさんは、それはそれで独立した卵に見えなくもない丸っこい手で、右の方を示した。一体何だというのか。天丼を頼んだ客に白米だけの丼を出し、あとはそっちで?

卵の体から伸びた卵のような手の先、そこから私の視点は離陸し、それが示す方向に飛び立った。そして、やがて眼下に見えてきた風景に「あっ」と声を上げそうになった!

天ぷらの海!

無数の天ぷらが、ひしめく大海!

ああ!そうだ!

私がそもそもこの店にやってきたのは、これを見たからだったではないか。そして私は卵のおばさんの言う意味を完全に理解した。

セルフビルド!

なんということだ。この店の天丼は、自分で作ることができるのだ!漁港の店では各魚屋で好きなネタを選び、それを飯に盛り付けて海鮮丼を作ることができるらしい。それを天ぷらでできるとは!

抑制していた期待感、それが一気に膨らみ、だがその巨大な期待感をも一瞬で覆い尽くす「現実」に、私は気が遠くなるのを感じた。

好きな天ぷらを、好きなだけ!

そこからの私は、いささかのインセイン状態だったのであろう。ちくわ、えび、かぼちゃ、かしわ。私は好きな天ぷらを夢中で白米の上に乗せていく!そして…

ああ!なんということだ。

あそこにあるのは……コロッケ!

天丼、すなわち天ぷらの丼に、天ぷらに非ざるものを乗せるという暴挙。それは空手の試合に日本刀を持ち込むような邪道である。

だが、私の手は迷うことなくそのコロッケを、かしわ天とえび天の間に、その明らかな断絶を埋めるように半ば無理やり、押し込んだのだ。

私の手元には、見たこともない”天丼”が、ヒールプロレスラーのあの過剰なほどの堂々さをもって、鎮座しましていた。

…だが、これでは終わらなかった。

私は見た。

新たな海。

新たな、2つの海。

「天かす」と、「刻みネギ」。

驚くべきことに、そこには値札がない。まさか?

前の客の挙動を伺う。トングを掴むと、ああ、あろうことか! そんなに!? そんなに入れるのか!? というほど山盛りの天かすを、刻みネギを投入したではないか。

ゴクリ、と自分の喉が鳴るのがわかった。

……

そこからの記憶はあまりない。

気がつくと私は、天かすと刻みネギがたっぷり乗った”天丼”を、貪り食っていた。

自分が食べているのが何なのか、よくわからなかった。

だが一方で、これこそ天丼なのだ、という確信があった。今まで私が食べてきたものは、店側が一方的にネタを選び、エビの大きさを野菜でバランスを取るような、どこかせせこましい”天丼まがい”だった。

これだ、これこそが天丼なのだ。

口の中では、最後にかけ入れただし醤油と天かす、ネギ、天ぷら、そしてコロッケがカオスに混じり合い、「悪魔的」とも言うべき旨さを醸している。まさに「悪魔の天丼」だ。

私はほとんど息つく暇なくそれを完食した。

どこか呆然としながら、視線をやる。相変わらず並んだ客たちと、天ぷらの海。そしてその上に掲げられた、メニューの写真と店名。

ああ。

今頃になって、私はあの卵のおばさんの、奇妙な反応の理由に気づいた。

「丸亀製麺」

そこにはそう書かれてあった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?