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【小説】 愛のギロチン 2

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俺の家は千葉市内にある。錦糸町から総武線快速で稲毛駅まで来て、そこから小仲台方面に徒歩10分ほどにある古アパート。ここで一人暮らしを始めてかなり経つが、20代の新社会人ならまだしも、40手前のサラリーマンが住むような部屋じゃない。

本木とは何となく気まずいまま別れた。本木は本木で真剣に心配してくれていたのだろうし、同情的な慰めももらったが、「ウチに来てください」という言葉はついに出なかった。

帰り道のいつものコンビニエンスストアに、惰性で入る。

自動ドアをくぐり、頭痛に似た酔いを覚えつつ、それでも酒売り場の前に立った。別段酒が好きなわけではないが、このまま寝られる気もしなかった。

冷蔵庫の中にはギッシリと酒の缶が並んでいる。俺の隣で、今から一緒に飲むのだろう若いカップルが、二人で一緒につまみを買い込んでいる。

女は細くてスタイルが良かった。どう見ても男物のシャツに部屋着風の短パンを履いている。そこから伸びる足は白くて長く、まるでさっき食べた白身魚のようだ。一方男は170センチで小太りの俺とはまるで違う、背が高く喧嘩も強そうなイケメンだ。何の変哲もない白Tシャツにジーンズという恰好なのに、妙に様になる。俺が同じ格好をしても、こんな風にはならない。

俺は意識して彼らを視界から外すと、冷蔵庫の扉を開け、アルコール度数の高いチューハイを4本買って店を出た。

5月の空は晴れていたが、俺の心はドロドロした雲で覆われている。なにか叫び出したい気分だった。だが、人通りのあるこんな場所で叫んだりはしない。そんなことができるはずはない。その衝動が、そして自嘲に満ちた諦めが、自然と袋の中のチューハイに手を伸ばさせる。

家の方向へ歩き出しながら1本目を開ける。スポーツの後にポカリスエットを飲むような気分で、一気に喉に流し込む。細かい爪がカリカリと引っ掻くような刺激を残してそれは胃に落ちていく。人工甘味料の不自然な甘さと、合成アルコールの乱暴な酔いの予感が、ゲップと共に逆流してくる。

飲食店の並ぶ表通りから一本裏道に入るだけで、周囲は一気に暗くなる。月明かりにぼんやりと浮かぶ地味な町並みが、自分の人生を示している気がした。特別な才能もなければ、恋人もいない。人生の目標もないまま、気がつけばこんな年齢になってしまっていた。

そして俺は今、会社まで辞めようとしているのだ。

「クソ……」

思わず悪態をついた。その声すら弱々しくて、あまりの情けなさに笑いが漏れた。

つづく

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