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ダッチ・ニードルレース ー超レア・シリーズー

 私は東京と大阪で活動している、アンティークレースを研究する研究会『Accademia dei Merletti』を主宰し、「アンティークレース」についての考察や周知を行なっています。


ダッチ・ニードルレースをご存じですか

ー ニードルレースの【 オペーク 】

 レースを蒐集しているとよく耳にするのですが、コレクターの皆さんが是非ひとつは欲しいとおっしゃる憧れというか幻のようなレースがあるんですね。

 多くの方は、それは【 ポワン・ド・ネージュ 】( point de neige )だというんです。

 ポワン・ド・ネージュはイタリア語では【 プント・ネーヴェ 】( punto neve )と呼ぶのですが、ニードルレースでなかで17世紀後期から末期にかけて作られた《 雪の結晶のようなレース 》なのです。
※ (ネージュ、ネーヴェは「雪」を表します)

 このポワン・ド・ネージュも面白いレースなので、このレースのことはいずれ記事にしいたいと思います。しかし今回は別のもっと幻なレースを取り上げたいと思っているんです。

 どれだけ幻かと言いますと、レースをコレクションしている博物館・美術館にもほとんど所蔵されていません。

 レースの専門書でも所収している書籍は稀で、レース・コレクションをもつ主要な博物館や美術館でも端切れのような断片しか見当たらないので断言できるんですね。

 それは【 ダッチ・ニードルレース 】と呼ばれるレースなのですが、レース界のスーパーレアアイテムで滅多にお目にかかれないどころか存在を知らないコレクターすら多いのではないでしょうか。

 ポワン・ド・ネージュは知っているコレクターも多いと思うのですが、ダッチ・ニードルレースはそもそも探している人も少ないように思うんですよね。

バルトロメウス・ファン・デア・ヘルスト( 1613-1670 )の描いた『 女性の肖像画』( 1663 )
【 オペーク 】と呼ばれるレースを身につけています

 詳細は以前のネーデルラントのレースに関しての記事をご覧いただきたいのですが、1660年ごろから1670年代にかけて【 オペーク 】と呼ばれるレースが流行しました。

黄金時代のオランダのレース ー 小さな貿易大国 ー その2

https://note.com/rouge1789/n/n57d166bbac0d

 北ネーデルラントでとくに好まれたこのレースは通常ボビンによって作られるのですが、製作地のアントウェルペン周辺はニードルワークの技術も古くから高かったので非常に稀なのですがニードルで作ることもあったようなのです。

1660年ごろから1670年代にかけてニードルで作られた【 オペーク 】レース
遠目には白い帯状の布にしか見えませんが微細な小花でびっしりと埋め尽くされています

 このレースはネーデルラントの顧客向けにフランドルで製作されたものなので、客先の名前をとって【 ダッチ・ニードルレース 】と呼ばれることになりました。

2つのレース・ボーダー

ー イギリスのコレクションから

イギリスのレースコレクターのジェーン・ペイジが蒐集したダッチ・ニードルレース
イギリスのアンティークレースディーラーのエリザベス・ツァバフィの蒐集したダッチ・ニードルレース

 ダッチ・ニードルレースはオペークのレースと同様に北ネーデルラントで愛された花瓶に活けられた花々、とくにチューリップなどの微細な小花のモチーフで全体が埋め尽くされたデザインとなっているんです。

 この細幅ボーダーのうちひとつは、イギリスの著名なレースコレクターのジェーン・ペイジJane Pageが蒐集したレースです。

 2002年にホ二トンの《 オールハロウズ博物館 》で開催された『 450 YEARS OF LACE 』の展示会カタログに作品番号34としてこのレースが掲載されているんです。 

 そしてもうひとつはイギリスのレースディーラーで、1980年代までに様々なコレクターや研究者の協力者としても知られたエリザベス・ツァバフィElizabeth Czabafyが蒐集したものでした。

 エリザベス・ツァバフィはレース研究家として広く知られているパット・アーンショウのレース研究にも協力したことで知られているんですね。

 その後、数人のコレクターを経て私のコレクションに加わりました。

 この2つの細幅ボーダーは、元々ヴィクトリア&アルバート博物館が1881年に取得したレースから切り分けられたものだそうです。所蔵番号243-1881として今でも同館の所蔵品として一部が残されているんですね。

ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館には現在わずか20.5cmしか残されていませんhttps://collections.vam.ac.uk/item/O290712/border/

 他の重要な作品の購入のために競売にかけられてしまったのでしょうか?

 どのような経緯でヴィクトリア・アンド・アルバート博物館から流出してしまったのかは今となっては理由はわかりません。

 その後2つに分けられたレースはそれぞれ別のコレクターの手にわたりました。

わずか6cmほどの幅のボーダーはびっしりと小花のニードルワークで埋め尽くされています

 このレースは、ニードルで作られたモチーフの上からさらにボタンホール・ステッチでレリーフが細かく入れられています。

 拡大鏡で見なければ、この驚くほど微細なモチーフのひとつひとつが精緻なステッチワークで作り上げられていることに気づけないほどの超絶技巧です。

 ダッチ・ニードルレースは美しさとかの次元を超越した凄みのあるレースなんですよね。

 このレースはとても興味深いレースなのですが知名度も低く日本人のレース好きな方々にはあまり響かない地味な存在なのです。

 2つのレースは数奇な運命を辿り、長い年月を経てここ日本で再び出会ったことはとても感慨深く不思議なことですよね。

 アンティークレースを蒐集し、コレクションを重ねると稀にこのような素晴らしい経験をも与えてくれるものなんですね。

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