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「裏世界ピクニック」(漫画版)が面白かった

ドーモ。マーズです。

時間があったので「裏世界ピクニック」を読んだ。小説原作とは知らずに漫画版を読んだが、結果的にはたいそう良かった。作品を紹介しながら感想を書いていく。

この作品には二つの目玉がある。まず一つ目は、「ネット怪談」をモチーフにしていることだ。これはかつてオカ板に張り付いていた人間としてはとても刺さる点だ。「くねくね」「八尺さま」「きさらぎ駅」「時空のおっさん」といった有名なインターネット・ロアたちが登場して、主人公たちと読者をこれでもかと怖がらせてくれる。正直舐めてたけどめっちゃ恐かった。徐々に怪異に飲み込まれていく描写などはすごい。「時空のおっさん」の回では、この前「ミッドサマー」を見た分余計に恐いというか気持ち悪かった(理由は読んでみればわかる)。小説では挿絵を入れるにしても数が限られるため、この恐怖は漫画だからこそ実現できると思う(原作小説読んでないので憶測。小説は小説で恐いのだろう)。

怪異はどれもアレンジがされている。元々の怪談そのままでは、物語に仕立てるには物足りないためだろう。きさらぎ駅には「猿駅」の要素も混ざっていたようだった。なぜそのような怪異が登場するのかという点にもSF的な設定があり、作中で考察が進む。

ストーリーは以下のようなものである。主人公である紙越空魚(かみこし・そらお)は廃墟探検が趣味の根暗都市伝説オタク女なのだが、偶然「裏側」の世界につながる扉を発見する。ドアを開けたそこは、到底あるはずのない、一面の草原だったのだ。そのようにして、主に扉を通じて行くことが出来る、現実とは全く別の異空間。それが「裏世界」であった。彼女はそこでインターネット怪談に出てくる「くねくね」そのもののような怪異に遭遇し、その影響によって体が動かなくなっていたところ、仁科鳥子(にしな・とりこ)という金髪美人に助けられる。怪異の性質を理解し、辛くも「くねくね」を撃退した二人だが、その影響によって体が一部変質してしまう。その代償として怪異に立ち向かう能力も得た二人は、裏世界で消息不明になった鳥子の友人の閏間冴月(うるま・さつき)を探すため、「裏世界」を探検することになったのだった。

我々の世界のインターネット怪談は作中にも存在し、その方面に詳しい空魚はその知識を活かして怪異と戦う。なぜか裏世界には銃器が落ちており、偶然にも米軍人の子である鳥子は銃器の扱いを心得ているのだが、怪異にはあまり効果がないのであった。しかし都市伝説の化物と現代銃器という異質な取り合わせは結構面白く、その上人類の持つ武器では立ち向かえないという恐ろしさの演出にもなっている。

登場人物は少なく、主要人物は4人(漫画版4巻までの時点で)。主人公の空魚と鳥子、鳥子が探している冴月、そして冴月の友人であり鳥子の知り合いでもある小桜。なお全員女性である。冴月は裏世界に詳しく、何度も足を運んでいたようだが、上述の通り姿を消してしまった。そして鳥子は彼女を探して裏世界を捜索しているのだが、ただの友人に対するものとしてはあまりにも必死である。彼女は人付き合いが苦手で、適切な距離の取り方というものができない(空魚にも初対面で呼び捨てだった)。そのため友人が一人もおらず、やっとできたのが冴月だった。その上両親も亡くなっており、それゆえいなくなった彼女が唯一の心の拠り所だったのだ。

一方で空魚の方も、鳥子に対して並々ならぬ感情を抱いており、まず初対面でその外見の美しさに見惚れたりしているが、彼女の目的が有人である冴月の捜索であることを知ると、「勝手に人に期待して、勝手に裏切られた気になって」いる(Kindle版1巻242頁)。そして3巻のとある出来事で、鳥子が自分にとってどれほど大きな存在だったか気づく。空魚はとにかく最初から鳥子が好きだ。

小桜は裏世界の在野研究者の合法ロリであるが、かつて冴月の相棒として、ともに裏世界に赴いていた。しかし生来の恐がりであったせいでそれを断るようになると、冴月は家庭教師としての教え子だった鳥子を新しいパートナーとして連れて来た。小桜はそれを忸怩たる思いで受け止めているようである。小桜曰く冴月は、「寄ってくる人間を片っ端から魅了して都合よく利用する、生まれながらのアルファ・フィメールだ」という。鳥子は彼女に「あっという間に堕とされ」たという。彼女は魔性の女であり、恐らくは小桜も鳥子同様に彼女に「惚れ込んで」いたのだろう(Kindle版4巻15-16頁)。

ここまでお読みの方にはお分かりだろうか。この作品の二つ目の目玉、それは女同士の重たい感情、すなわち百合である。こいつまた百合の話してるよ。いや実際、この作品に手を出したのは、百合作品であるとの話を聞いたがためである。実際当たりだった。この作品では、冴月というブラックホールが中心に座し、鳥子と小桜がそこに引き寄せられ、さらに空魚が鳥子に引き寄せられる、という図式になっている。冴月は物語的にはマクガフィンであり、感情的にも物語的にも中心にあるという形だ。だいたい、第一話の締めのセリフからして、鳥子が空魚を「共犯者」認定し、「知ってる? 共犯者って、この世で最も親密な関係なんだって」である(Kindle版1巻93-94頁)。これはもう確信的だ。あと女の子がかわいい。全員かわいい。表紙絵・扉絵がすごく良い。とにかくかわいい。漫画版で良かったというのは主にこれである。冴月はまだよくわからんけど恐い。

4巻が3月に出たばかりで、刊行ペースが年2回のため、次は相当遅くなりそうなので、原作に手を出すかどうか迷っている。でも多分買っちゃうと思う。

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