幼少期の話し

前回の続き。
差別、犯罪、暴力描写が含まれているとともに、身元が検索されないよう、一部フェイクを使用する場合があるので、予めご了承をいただきたい。

私は、詳細は割愛するが、被差別地区、新興住宅地区が混在する地域の前者の地区に住んでいた。
母は、所謂、ネグレクトだった。
自身も幼少期より苦労し、若くして出産、離婚をし、営むスナックを守ることに必死に生きてきたのだと思う。
小学校低学年の頃、夕方に帰宅すると夕飯があり、三面鏡の前で身支度をする母の足元に、戯れつくように甘えるのが好きだった。
あの頃の化粧品や香水の匂いは今でも当時のまま覚えている。だから私は、化粧品の匂いが好きだ。デパート1階の化粧品売り場には、今も意味もなく通るほどに。
日曜日は、店が休みだったため、夕方前まで眠っている母を起こさないように待っている時間も好きだった。
しかし、いつしか母は、朝方帰宅し、昼頃にはどこかへ出かける生活になり、家事をしなくなった。食事代として、それぞれ兄弟あてに、お金が置いてあった。
学校から戻ると、母の姿は当然無く、食事代として置かれいるはずのお金も無かった。二人の兄が盗っていたのだ。
朝、帰宅した母に何度も訴えたが、酔いが回っている母に聞き入れられることは一度も無かった。
1歳下の弟、テルちゃんとは、ずっと一緒に居た。薄汚れた服を着て、一緒に夜の街を徘徊した。
テルちゃんには、知的障害があった。親しい人としか話せない。まともに話せたのは、私か母、友達の國ちゃんのオバチャン、幼稚園の頃のサツキ先生の前でしか話しているところを見たことがない。
知らない人や大人、同級生、私の二人の兄の前でさえ話せない、言葉が出てこないのだ。
障害の詳しい事は分からない。
耳は聞こえていて、理解もしている。私の前では滑舌は悪いもののよく話す。健常者と何ら違いは無かった。表情が豊かでよく笑う弟だった。
テルちゃんの口癖は「大丈夫やで」だ。
大丈夫じゃない時にこの言葉が出た。こぼれんばかりの涙を一杯に溜めて、笑い顔を作って、「大丈夫やで」と言う。
テルちゃんは、話せない故に、同級生や地域の子ども達から凄惨なイジメを受けており、一人も友達が居なかった。
だから、私と一緒にいるしかないのだろう。私も心得ており、イジメられたと聞けば守ってやらねばと、弟のイジメの仕返しを暴力でする毎日だった。時には、相手の兄弟が出てきて返り討ちに遭い、散々に打ちのめされる事も少なくなかった。
テルちゃんの「大丈夫やで」には、
仕返ししたら、またイジメられるから、仕返ししなくても大丈夫やで。
という意味が込められていたのかも知れないが、今は知る由もない。テルちゃんは私が高校3年生の時、交通事故で亡くなった。
話を戻す。
小学生の頃は、帰宅後、テルちゃんと日が暮れるまで遊び、自転車に乗り、夜遅くまで自動販売機巡りをした。取り忘れた釣り銭を頂戴するのだ。運が良い日は400円くらいになった。
その釣り銭で菓子パンを分けて食べたのを思い出すとともに、ジャムパンに対する執着が生まれたのもこの頃だ。
所謂、放置子であったので、近所でも評判だった。子供二人が、夜遅くまで徘徊しているのだから、評判にならない理由がない。
よく友達の國ちゃんの家に遊びに行った。國ちゃんの家は、焼肉屋を営んでおり、いつも良い匂いがした。大きな肉塊が解体される様子を見るのも好きだった。
ある日、國ちゃんのオバチャン(國ちゃんの母)から、夜は何をしているのか?と訊ねられた。
忘れた釣り銭を盗るのは悪いことと認識していたので嘘をついた。
嘘を言い終わった後、見透かされたような無言に、テルちゃんと下を向いて、涙を流したのを覚えている。
少しして、國ちゃんのオッチャンが来たので、怒られるのかと思ったが、私達二人に毎日仕事を手伝いに来なさい、と言い、毎日ご飯をくれると言った。
その日から、私達二人は、店のお手伝いをして、賄いと称した國ちゃん宅の晩御飯を一緒に食べさせてもらい、洗濯をしてもらい、風呂に入って帰宅する、という生活が始まった。
私の仕事は、開店前の床掃除、箸や調味料、灰皿の配置、裏のビールケースからビールを冷蔵庫に運んだり、空瓶をケースに片付けるといったことがメインだった。
テルちゃんは、私とは真逆で集中力がある。炭を5cm程の大きさに砕いて、箱に入れるという作業を黙々とこなし、鼻の穴の周りを真っ黒にしながら、大好きなお手伝いだと言っていた。いつもオバチャンに褒められていた。
今から考えると、肩身の狭い思いもせず暮らせたのは、オッチャン、オバチャン、國ちゃん、國ちゃんの姉、恭子ちゃんのお陰であり、あの人達は、私達兄弟にとって神様だ。
よく恭子ちゃんのお風呂を覗きに行こうとしたのは、また違う話。。。(未遂です)
この生活は、私の高校入学まで続いた。
次回に続きます。

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