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エッグトマトの汁

僕には数人の友達がいる。
ここで1つ言っておきたいのだが、僕は“友達が少ない”という事実を自虐でもって笑いに昇華する手法がとても嫌いだ。何故なら、そういうことをする人種は“友達が少ない”という事実さえ自己顕示の道具として利用しているような気がしてならないからだ。「私と感覚が会う人間はこの世に数人」「沢山友達がいるということはそれだけ浅い関係性の人間が存在するということ」という風な滑稽な主張を、暗に示しているように感じられて虫唾が走る。己のコミュニケーション能力の乏しさと器の狭さを棚に上げ、他人にその責任を押し付けるような人間が僕は嫌いだ。
僕はそういった自分の至らなさを受けいれた上で、“友達が少ない”ということを口にしている。そいつらとは友達に対する感謝の度合いが違うということを把握して頂きたい。

もう一度言うが、僕には数人の友達がいる。
その中でも“友達になった瞬間”を明確に覚えているエピソードについて今回は書いていきたいと思う。

彼の名はモリ。
僕の友達シリーズの中でもぶっちぎりに頭がおかしい1歳年下の人間である。僕が車を運転している最中に、助手席からシフトレバーを動かすようなイカれた野郎だ。まともな訳がない。
彼はしばしば僕の逆鱗に触れ、滅多に怒らない僕を心底腹立たせる才能の持ち主であり、県内で1.2枠ぐらいしかない有名大学の推薦枠を獲得するような知能の持ち主だ。
普段の会話からは知性の欠片も感じない彼を、僕はいたく気に入っている。

モリとの出会いは高校時代のバスケットボール部だった。正直、新入生がバスケ部に流れ込んできた段階では彼のことは全く知らなかった。特別バスケが上手いわけでもなかったし、彼もイカれた人間性を発揮するような場面は無かったからだ。

モリと急接近したのは夏合宿だった。
バスケ部の夏合宿は、複数の高校が集まって丸一日練習試合を行うというかなりハードなものであった。数で言えば2ピリオドまでの試合を1日で7.8試合は行っていたのではないだろうか。正確には覚えていないが、かなりしんどかった記憶はある。
ただ、試合数は多いものの、空き時間も長かった。試合と試合の隙間は、体育館施設のホールで、クーラーをガンガンに効かせて待機していた。そこで僕はモリと初めて会話をすることになる。
僕はもう1人の友達シリーズであるイリグチ君とよく一緒にいた。僕らは常に2人でふざけていたので、その流れで周りにいる人間にちょっかいをかけていた。その餌食になったのがモリという訳だ。
モリはその時、ツムツムか何かのゲーム(何だったかは忘れた)をやっており、そのゲームは一通りブームを終えた頃だったため「まだそのゲームやってんねや笑」と声を掛けた。すると「そやでー☆」という返事が返ってきた。
僕とイリグチは思わず吹き出してしまった。仮にも年下の人間に、なんのためらいもなくタメ口をきかれた経験がなかったからだ。不思議と腹が立たなかったのは、語尾に付いていた「☆」のお陰だろう。
そこから一気に仲良くなった僕らは、しばらく行動を共にした。試合中では僕はスタメンであり、夏合宿になるとすこぶる調子がいいというジンクスを抱えていたので、イリグチとモリと一緒になることはなかったが、それ以外の時間は常に一緒にいた。

そんなこんなで丸一日の練習試合が終わり、体育館から合宿所まで帰ることになった。気合と根性を重んじる典型的な運動部であった僕らは、2kmほど離れた宿まで走って帰らなければならなかった。1日中試合をした疲労に加えて、更にハードな課題を課せられた僕らは既にハイになっていた。
ふと僕が空を見上げると、それはなんとも壮大な景色が広がっていた。夕方の茜色に染まりかけた田舎のだだっ広い空に、全てを飲み込むような巨大な入道雲が1つ浮かんでいた。思わず「空すげー!」と叫んだ僕に対して、モリが「うえぇーーーー!!!エッグトマトの汁やぁ!!!!!」と飛び跳ねながら叫び返した。
「エッグトマト」というのは「エグい」という言葉を誇張した表現である。実際にエッグトマトという品種のトマトがある訳では無い。それに続く「汁」に関してはもはやなんの意味もない。なんとなく語感がいいから付けただけの言葉である。こういう訳の分からない造語を僕達はいくつも開発していた。

モリがこれを叫んだ時の景色が、僕は未だに忘れられない。あまりにも壮大すぎる自然と、あまりにも理解し難い男の言動が、1枚の美しい画として脳裏に焼き付いている。僕は直感的に「これこそが青春だ」と理解し、モリと僕との間に友情の輪が結束されるのを感じた。

その後、それなりに美しいとされる景色は見てきたが、“友情”という経験が乗っかったあの空に敵うものはなかった。あくまで僕が勝手に感じた友情のきっかけではあったが、あの空が、僕にイカれた1人の友人を与えてくれたことは紛れもない事実である。

右からイリグチ、俺。1番左はモリではない。

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