見出し画像

(05/10/22)サマルカンドブルー,レギスタン号


 中央アジア,旧ソ連諸国のひとつであるウズベキスタンに,レギスタン号という列車が走っている.
レギスタン号は,2004年に運行を開始したウズベキスタン国鉄が誇る看板列車で,首都タシケントと青の都サマルカンドの間をノンストップで結び,週3往復(2005年当時)している.冷房もついていて,噂では時速200 kmで走るという.

レギスタン広場


 2005年10月22日,このレギスタン号に乗るため,私はサマルカンドの駅に向かった.
サマルカンドは,世界文化遺産にも登録されている古都で,古くはソグド人の商都であり,また14~15世紀にはティムール帝国の首都として栄えた.特に,青のモザイク模様の美しい3つのモスクが並ぶレギスタン広場は有名で,レギスタン号の名称の由来にもなっている.

サマルカンド駅


サマルカンドの駅は,レギスタン広場がある市内中心部から北西に少し離れた場所にある.
駅舎は,中央に時計塔を配した立派なもので,空港を思わせる建築である.
 だだっ広い構内には,大きな時刻表が掲げられており,それによるとレギスタン号は毎週金,土,日の運転で,発車時刻は17:00である.ちなみに今日は土曜日だ.
駅でメモしたサマルカンド発の列車の時刻を記すと,
7:00 タシケント行 毎日
7:13 ブハラ行   土
10:46 タシケント行 月・火・水・木
17:00 レギスタン号 金・土・日
21:25 ウルゲンチ経由サラトフ行  月  
21:25 コングラート行 水・土
23:26 テルメズ行 偶数日運転
23:38 タシケント経由サラトフ行 土

となっている.
ロシアのサラトフ行の国際列車も走っているとはいえ,いかにも列車本数が少ない.毎日運転の列車は朝のタシケント行1本だけである.
ウズベクでは独立後,民営のバス会社がたくさん出来て,いまや交通の主役はバスになっているという.レギスタン号は,そんな中でウズベク国鉄が起死回生を掛けて誕生させた列車なのだ.
早速,窓口で切符を購入する.ロシア語片言で十分通じるが,英語しか出来ないと少々きつい.少なくとも,駅名をキリル文字で書けるくらいにはなっておいた方がよさそうだ.

レギスタン号の切符

 1等車の料金は5653スム.内訳は乗車券が1130スム,指定席料金が1821スム,その他よくわからない追加料金が2つあって,それぞれ432スム,2270スムである.
5653スムは日本円だと約550円である.
特急料金がサマルカンド-タシケント間は354 kmであるから,仮にJRの幹線運賃だと,
乗車券:5780円
特急券:2520円
グリーン券:4000円
計12300円となる.なんと約20倍以上である.ウズベキスタンの物価は日本の10分の1くらいであるから,それを考えても安い.それとも日本が高すぎるのか.

レギスタン号

 ホームに入ると,すでにレギスタン号は入線している.
旧ソ連の駅のホームは,一般にほとんど地面と同じほどの高さしかなく,垂直のステップをぐいっと登らなければ列車に乗り込めないのだが,ここサマルカンドの駅の,レギスタン号の停まっている駅舎側のホーム(日本風にいえば1番線)は,日本と同じ高いホームであった.
そのおかげで,私たちはステップを登らずに乗車できた.レギスタン号に合わせてホームが嵩上げされたのかどうかはわからないが,ウズベキスタン国鉄のこの列車にかける心意気のようなものが感じられるではないか.

 さて,レギスタン号の編成を見てみると,先頭に立つのはピカピカの電気機関車である.デザインもモダンで,周りのソ連製の無骨な機関車と比べると見違えるようである.青・白・緑のウズベキスタン国旗の色に塗り分けられた塗装も美しい.
 その後ろには6両の客車が繋がっていて,これらも上半分が灰色,下半分が青緑の特別塗装の客車である.腰には "R E G I S T A N" という飾り文字が入っているから,レギスタン号専用なのだろう.しかし,ちょっと地味な感じではある.せっかくサマルカンドに向かうのだから,車両はサマルカンドブルーに塗ればよいのにと思う.
 各車両の入り口には,車掌が立っている.車両ごとに車掌が乗っているのは,旧ソ連圏ではおなじみの光景なのだが,車掌は普通の列車では巨漢のおばさんである確率が非常に高くて,ソ連では太ったおばさんしか車掌に採用していないのかと思わせるほどである.
 しかし,このレギスタン号の車掌は,みんな綺麗なお姉さんなのである.モデルみたいな金髪のお姉さんもいる.しかも,普通の制服ではなく,昔のパンナムのスチュワーデスのような水色のミニスカートの制服を着ている.きっと看板列車のために,職員の綺麗どころを集めたのだろう.
一般列車に乗務するのは,選ばれなかった残りであるわけで,どうりで太ったおばさんばかりになるわけである.
 モデル車掌に期待も膨らむが,ここはウズベキスタン,過度の期待をしてはいけない.美しい彼女らに笑顔の接客はなく,ホームをうろうろする私を,早く乗れとばかりに腕組みをして睨みつけている.

車内

 美女を怒らせては悪いので,指定された5号車に乗り込む.車内はいわゆるコンパートメントで,1部屋に6人分の席がある.
車両はどうやら,2等寝台車「クペー」を改造したものと見受けられた.ウズベキスタンの鉄道は,貨物輸送が中心であるから,いくら看板列車とはいえ,赤字であろう旅客部門に車両を新製する予算は認められないのだろうか.
 それでも座席は,肘掛のある上等なものに取り替えられているし,元々上段の寝台があったと思われる場所には,テレビまで設置されていた.
テレビなど無くてもいいと思うが,何とかハイクオリティなサービスを提供しようとして,共産主義育ちのお偉いさんが首をひねって考えた結果だろうと思うと,なんだか好感が持てる.しかし,テレビはスイッチを入れても写らなかった.

 17:00,定刻に発車.乗車率は残念ながらあまり良くない.まだまだ,バスから客を奪い返す所までは至っていないようである.
 発車すると,金髪車掌さんがお茶のサービス.ちゃんと急須で淹れてくれるお茶である.茶葉が高級なのか,美人に淹れてもらったからか,こころなしか旨い紅茶であるような気がした.
 紅茶を飲み終えると,今度はサンドイッチのサービスがある.嬉しいことに,サンドイッチは列車の絵の入ったパッケージに入っていた.ただし,こちらは格別な味ではなかった.

 列車は,サマルカンドの町を抜けると,一面の綿花畑の中を行く.綿花栽培はウズベキスタンの主要産業である.今が収穫期なのか,ところどころに綿花の集積所があって,白い山をつくっている.
 サマルカンドの大学生に聞いた話では,ウズベキスタンの学生は秋になると,綿花畑で一定期間の勤労奉仕が義務付けられているという.
 列車は綿花畑の中を,時速100 kmくらいの快速で飛ばす.しかし,どう考えても200 kmは出ていない.そもそも,レギスタン号のサマルカンド-タシケント間354 kmの所要時間は3時間50分で,計算すると平均時速は92 kmになる.この列車は途中ノンストップであるから,最高時速はせいぜい120 kmくらいであろうと想像される.
 然るに,200 kmというのは,誇大広告か将来目標のどちらかではないか.だが,ウズベキスタンはソ連標準の広軌であるから,軌道さえ強化できれば時速200 km運転も決して無謀な話ではない.

 途中ジザフという駅で,線路が2つに分かれる.左のルートは,そのまま直線的にタシケントへ繋がるのに対して,右のルートはフェルガナ盆地方面の分岐点ハバストを経由してタシケントに向かう.
 タシケントへ向かうには,明らかに左のルートの方が近いのだが,レギスタン号は右のルートに入る.別に,右ルート上に停車しなければならない大きな町があるわけではない.そもそも,レギスタン号は,終点タシケントまでノンストップである.
 実は,これには国境線の問題が絡んでいる.左のルートは途中で,一部カザフスタン領を経由しているのである.そのため,国内列車であるレギスタン号は,遠回りの右ルートを経由しなければならないのだ.
 地図帳を開いていただければわかるように,この辺りの国境線は実に複雑に入り組んでいる.これは一説には,スターリンによる民族分断政策の産物らしい.しかし旧ソ連時代は同じ国内であったから,複雑な境界線など無視して,鉄道や道路は直線的に建設された.しかし,いざ独立して境界線が国境となってみると,無駄に複雑な国境のせいで,鉄道や道路は何度も国境を跨ぐことになり,周辺国は多大な迷惑を蒙っている.
 レギスタン号の迂回などはまだかわいい方で,例えばタシケントから国内のフェルガナ地方へ行くには,途中にタジキスタンが挟まっているために,わざわざ峠越えをしなければならないし,そのタジキスタン領フェルガナ盆地のホジャンド市などは,冬季は道路が閉鎖になるために,首都ドシャンベに行くにはウズベキスタンを経由しなければならないという事態になってしまっている.
 独立当初は,それでも国内移動客が一部外国領を通過する場合は,国境審査を免除するなどの柔軟な対応をしていたのだが,イスラム過激派の流入や民主化運動の高まりなどを背景にして,そのような対応は過去のものとなっている.今では,国内旅行客は,外国領を通過しないように遠回りをしなければならない.

 次第に空が暗くなり始め,タシケントに近づくにつれて真っ暗になった.日本と違って,窓からは町の灯かりは見えない.時々,通過する小さな駅のランプが目に入るだけである.
 カタッ,カタッと列車は単調なリズムを刻んで走り続ける
 やがて町の灯かりが現われ,列車の速度が遅くなった.
 股下からガタゴトと音を響かせながら,いくつもの分岐器を通過する.鉄道敷地の幅が広くなり,留置されている客車や機関車が,窓から漏れる灯かりに映る.
 20:55分.レギスタン号は5分遅れでタシケント駅に到着した.
 タシケントのホームは低く,降りるにはステップを使わなければならなかった.

タシュケントのトラム

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?