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海なし県民の「心の海」

海を見るといつも心が高まる。
よく晴れた日にワクワクする時もあれば、夜の静かな海に吸い込まれそうな怖さを感じることもある。
(うつ病で危なかったときは川や海を見ると入っちゃいそうで怖かった)

とにかく、
海というのは私の心を強く揺さぶってくる。
私の育った環境は海が珍しいものだったというのが、理由の一つかもしれない。

こんにちは、どうもグンマー出身です。
嫌いな人もいるけど、グンマーという言い方はそこまで嫌じゃない。
どこか下に見られる地方、というポジションを内包化しているのかもしれない。

群馬には海がない。
それでもそこで育った私には、
私にとっての海
「心の海」
があるような気がする。

例えば、どこまでも続く田んぼ。
まだ青い稲穂が風に揺られて波のようだ。
どこまでも広く、地平線まで続いているような気さえする。

あとは、遠くまで青く連なる山々。
あの青い山まで行きたいと自転車を走らせても、絶対にあの青くしっとりとした質感をみせてくれる山には辿り着けない。
どこまでも遠い山は、
どこまでいっても端っこには行けない海みたいだ。

どちらも海とは似ても似つかない見た目をしているのに、海に感じるとは不思議なものだね。

海を見ているととても孤独で、
自分はここにいるとわかってほしくて、
なんとなく、いつかあそこの奥の奥に、帰っていくんじゃないかな、なんて思ったりして。

色々考えさせてしまうくらい、
海は大きいですね。

林柳波はどんな気持ちで「うみ」を作詞したんだろ。

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