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林檎

眩くて目に入れられぬその身体は
真っ赤に燃える
太陽のように熱い

林檎のように赤い唇から吹く風は
雪のように冷たい
その熱を移された者は
冷たさを求めるがゆえ
凍りついてゆく

細い氷柱のような指は
足に触れ、腹に触れ、胸に触れる
火照る身体を凍らせるように
首元へと滑らせる
顎を伝い頬に触れた時
熟した林檎を食せる
艶やかで降りはじめの雪のように柔らかであるが
実は溶けてゆく氷を口に含むかのようである
滑らかなびいどろに舌を滑らせる如く
その蜜を滴らせる実に勝る者はない

その林檎を食したものだけが
目を焼かずに姿を見ることができると言う
しかし一度(ひとたび)食してしまえば
いわば毒林檎
凍りついてしまうんだと

その正体は鬼だとも獣だとも
恐れる者は口にするが実際には
凍りついてしまうほどのべっぴんさんで
最期に目に入れるならば
これ以上にふさわしい様子はない
色を纏った若い女だという

吹雪が吹くと女はやってくる
冷たく残酷な本性とは別に
艶かしく甘い香りを放ち
灼熱の身を持つて雪のように舞う姿は
毒だと分かっていても
食してみたい衝動に駆られるものだ
またそれは男だけではない
世に追われ売られる身となった女どもが
その儚い命を終わりにしたいと切に願う時
吹雪の中に現れる
林檎を口にし
熱を奪われているその身が
熱を移され溶けていき
そのものが感じる一番の快楽を
さも感じているかのように
凍りついてゆくのだそうだ

人の目を眩ませ、命を、熱を奪う女は
はたして本当に冷酷なのだろうか
苦しみに悶え光を失った人間に
光を与え快楽と共に天へと昇らせる女は
果実を持つた陽でもあり雪でもある女は
仏の使いではなかろうか

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